集 合

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集 合

 窪田(くぼた)と名乗った初老の男性に案内されたのは、母屋の裏手にある離れだった。12畳程の座敷に長い座卓と座椅子が置かれており、既に9人が集まっていた。座卓に着く者もいれば、座布団を枕にゴロ寝している者もいて、各々自由に時を待っているらしい。俺より二回りは大柄のヤツ、アスリート然と引き締まった筋肉質のヤツ、俊敏性が予想される小柄なヤツ――体つきも年齢も様々な男達に共通するのは、ぶら下げられた大金獲得という餌を前に鼻息を荒らげていることだ。  窪田は俺に座椅子を勧め、懐から2枚の用紙を取り出した。最初の1枚は、今夜の狩りの説明と注意事項で、もう1枚には「同意書」の文字がある。  一角捕獲に際して負った、如何なる怪我、それに由来する疾病、損傷、身体的・精神的機能不全、及び所持品・衣類の破損に関して、大門家には責任が無く、参加者は一切の賠償請求権を放棄すること。  万一、参加者が落命しても、あくまでも自己責任であり、参加者の遺族は訴訟等の権利を放棄すること。  また、捕獲に際して知り得、体験した一角に関する情報は、捕獲の成否に関わらず、第三者に一切漏らさないこと。  一角の生死に関わらず、これを捕らえた参加者には、大門家より報奨金壱千萬(1000万)円を譲渡する。なお、複数名で捕らえた場合、その人数で等分すること。 「ご同意いただけましたら、こちらに日付・署名の記載、こちらとこちらに拇印をお願い致します」  事務的な口調に促されるまま、俺は渡された万年筆で書き込むと、続いて朱肉で染めた親指を同意書に押しつけた。 「はい、結構でございます。後程、お食事をお持ち致しますので、お寛ぎくださいませ。なお、この建物から外にはお出になりませんよう、お願い致します」  窪田は白髪がちのすだれ頭を下げ、書類等を手に座敷を後にした。  刻限の15時を過ぎ、狩りの参加者は俺を含めて10人――それ以上は増えなかった。単独プレイが前提だからなのか、互いに会話の無いまま小一時間が流れた時、再び窪田が現れ、食事が運び込まれた。名家に恥じぬ立派な御前には、ぶ厚いのに柔らかいステーキ肉や、上品で蕩けるような口当たりの白身魚の刺身など、これまでに口にしたことのない料理が並んだ。命がけの狩りに挑む参加者への謝意なのか、はたまた最後の晩餐くらい贅沢をさせてやろうという心遣いか――。  食事の後、30分程経って、複数人の足音が近付いてきた。窪田に続いて入室した若い男達が、大小様々な刃物や打撃系の武器を次々に運び入れる。最後に捕縛用の縄と手錠が人数分、座卓の上に置かれた。 「武器は、お好きなものをお持ちください」 「ボウガンはねぇのか」  誰かが声を上げた。 「目が利きますまい。同士討ちされては困りますからな」  そう言って、窪田は座敷の奥の格子窓をカラリと開けた。  誰からともなく息を呑む気配が漏れた。  長方形の窓の向こう数m先には、青々と伸びた竹藪の深緑があるものの、幾重もの濃淡まだらなベールが絡みつき、白濁の(とばり)に飲まれつつあった。 「ご存知の方も居られましょうが、一角は霧の濃い夜にだけ現れます」  そんな中で矢を放てば、どうなるか一目瞭然だ。言葉を無くした参加者をひと舐めしてから、タン、と窪田は窓を閉じた。 「日の出の後、1時間も経てば霧は晴れましょう。この時期でしたら、日の出は5時半頃ですので、狩りの刻限は明朝6時と致します。成否に関わらず、こちらへお戻りください」  参加者全員に、コンパスやGPS機能付きの腕時計が渡された。俺が初任給で買った時計は腕を離れ、財布や家の鍵等と共に「10」と番号が書かれた紙袋に入れて、窪田の部下に渡した。 「ご幸運を」  窪田は俺達を一瞥すると、恭しく一礼した。弛んだ涙袋とほうれい線が陰影を刻み、彼岸へ死者を送り出す渡し守(カロン)のように見えた。
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