継 承

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継 承

「起きろ!」  荒々しく身体が揺れる。二日酔いに似た鈍痛が頭全体を締め付け、気持ち悪い。ゆっくりと瞼を持ち上げるが、視界はぼんやりと濁って白く、まだ霧の中にいるようだ。 「おい、聞こえているな? ああ、無理に動かなくていい」  聞き覚えのある男の声。篠﨑か? 狩りは……一角は、どうなったんだ? 「さぁ、これを飲め」  鼻を擽る甘い香り。その刺激に、酷く喉が渇いていることに気が付いた。口元から流し込まれるままに、ドロリと芳醇な液体を飲み下す。旨い。身体の隅々にまで染み渡り、力が漲ってくる。 「これでいいんだな、窪田」 「はい、結構です。以上をもちまして、次代大門家ご当主の継承と相成りました。若旦那様」  聴力に続いて視力が蘇ると、目の前には羽織袴姿の篠﨑がいて、隣には窪田、その背後には狩りに参加した男達が揃って俺を見下ろしている。彼らの足元には、喉をパックリと切り裂かれた一角が、ブルーシートの上に横たわっていた。 「今日から、この湿地がお前の棲み家だ。その身体は、日光には耐えられないから気を付けろ。餌は大門家(ウチ)が管理する。まあ、飢えない程度には運んでやるさ」  篠﨑……何を言っている? 「秀直(ひでなお)さん! 継承の儀は、もう済んだのでしょう?」  突然、若い女の声がして、窪田の背後の男達が体を避けた。長い黒髪の美女が、篠﨑の腕に抱き付いた。 「お嬢様」 「構わん。心咲姫(みさき)」  片手で窪田を制すると、篠﨑はこれ見よがしに隣の美女に口づけた。 「次代の一角を用意することが、婿入りの条件でな。有難うよ、三枝」  そして、気障ったらしく狡猾な、満面の笑顔を俺に向けた。 「大門家は、古より一角を奉り、その力で繁栄してきた一族だ。次の『代替わり』まで、せいぜいに幸福をもたらしてくれよ?」  篠﨑と美女に続いて、窪田も東屋を出て、大門家に続く小径を去って行く。最後に男達が、ブルーシートごと一角を運んでいった。  おいっ! 待て、待ってくれ!!  叫んでいるのに、声が出ない。慌てて重い身体を動かした。  べしゃっ  後を追うも、東屋から出られない。まるで見えない障壁でもあるかのようだ。男達の背中が霧に覆われ消えていく――。  へたり込んで項垂れた。コツン、と額の先端が床板を叩き、微かな振動が脳を揺らした。 【了】
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