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変化する人生
しかし、身を染めた生き方は、決意一つじゃ曲げられなかった。本当に些細な、何の影響も及ぼさない抵抗で精一杯になってしまう。
事実、教科書や体育着を忘れてみても、給食を早食いしてみても、軌道修正されるのか訪れる展開は変わらなかった。
見つめ続けていた時計が、五回数字を変える。僕は立ち上がり部屋を出た。本日の抵抗は、普段より五分遅く家を出ることだ。
とは言え、遅刻にもならない五分に期待はしていない。なのに焦りは僕を急かし、自然と靴を履く動作を急がせた。勢いよく立ち上がり、扉に手をかける。
その時だった。突然鍵の回る音がした。記憶にない展開に全身が驚く。汗が一気に吹き出し、逃げ出したいのに体が凍り付いた。
時が解凍を待ってくれるはずもなく、扉は急いだ様子で開く。現れたのは出勤したはずの母だった。
「あれっ……」
母も予想外だったのだろう。まず遭遇に驚きをみせた。それから、更なる驚愕を表情の上に見る。母の感情が、何を対象に動いたのかはすぐに分かった。転々と散らばる数多の傷だ。
「……どうしたのその怪我……もしかして……」
恐らく今、母の脳内では原因が特定されつつある。ここでだんまりを選択すれば、新たな展開が枝を伸ばすだろう。
瞬間的に活性化した脳は、幾つもの未来と可能性を描き出し――拒んだ。
「転んだんだ」
母の顔は曇っている。釣られないよう役者になりきり、自然と出てきたアドリブを披露した。
「本、読みながら歩いてたから。母さんは忘れもの? 仕事は大丈夫なの?」
「あ、そうだった……! ねぇ転んだって」
「遅れるから行くね! 母さんも気を付けて会社行ってね。じゃあ!」
目を背けたまま横を抜ける。玄関から飛び出し、後を終われないよう駆け足した。
明白な枝分かれをふいにしてしまい、目頭が強い熱を持つ。心臓も、今までにないくらい激しい叫びをあげている。屋上に立つ時や、手首に刃を押し付ける時よりもうるさかった。
建物の影まできて蹲る。早くも“あのまま声を殺していれば”と後悔した。
また間違えた。軌道修正されてしまった。もう嫌だ。同じ人生を繰り返すのには疲れた。けれど母に迷惑をかけたくない。進んだ先に恐ろしい未来が用意されていたらと考えるとすくんでしまう。
ぐちゃぐちゃと絡まる思考が、麻薬のように“リセット”へと手招きしてくる。
今度は。今度こそは上手くやろう。遠くを走る車の音に、耳が吸い寄せられた。
「どうかされましたか?」
知らない声に現実へと引き戻される。顔をあげると、立っていたのは男だった。脳がバグでも起こしているのか、顔にもやがかかって上手く認識できない。
次々と訪れる未知に、心の到着が遅れる。咄嗟の判断で断りを入れ、その場を逃げ出した。
学校までの道をとぼとぼ歩く。遮られたからか、リセットの誘惑は一時撤退した。
しかし、再び後悔が頭を包んでいる。呼び掛けに頷いていればよかった。それで何かが変わるとも思えないが、何かは変わったかもしれない。
考えている内に学校へ到着した。見知った展開が用意されており、お馴染みの傷も出来た。
ほら、やっぱり軌道修正された――嘆くと同時に一つだけ気付く。二連続したイレギュラーなど初めてだった、と。
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