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7叔父
苦手な数学の復習を終え、少し休憩しようと勉強机の椅子から立ち上がったところで、部屋のドアがノックされた。
「どうぞ」
返事をすると、すぐにドアが開かれる。やはり叔父だった。
自然と二人は、畳の空いたスペースに並んで胡坐をかいた。
「母ちゃん言い過ぎたって反省してたぞ。許してやれよ」
訳知り顔で、叔父が話す。
「好きな人ができるってことは喜ばしい事なんだけどな。俺はβだし、お前や姉ちゃんの気持ちは完全には分かってやれないけど」
「うん」
「自分の立場や相手の立場を考えて、好きだって気持ちを抑え込むのは難しいだろ。お前の年齢じゃさ。だから、後悔しないように頑張れよ」
ポンポンと、元気づけるように新の頭を叩いてくる。
――後悔しないように。
叔父の言葉が胸に響く。そうだ、後悔したくない、と痛切に思う。今日、大和と両想いになったことを、後に悔やむようにならなければ良いと。
「お前の母ちゃんと別れた男はさ、良い人だったんだ。まだ大学生のときに実家に来て、俺たちの親にも挨拶してくれた。真剣な付き合いをしてるんだなって、相手の男を信頼してたよ、俺も」
「――そうなんだ」
そこまで誠意を見せてくれていたのに、運命のΩに心を持って行かれて、母を捨てたのだ。もし別れたあと、母が相手の男に妊娠していることを告げていたら、自分は認知されていたのだろうか。そうなっていれば、今より生活は楽になっていたはずだ。養育費をもらえたのだから。慰謝料だって。
――母さんはお人よしだ。
もしくはプライドが高かったのか。別れたあとでも、伝えるべきことは伝えて、権利を主張すれば良かったのに。
もうここまできたら、認知なんてどうでも良いが。国立大に行ければお金はそんなにかからないし、給料の良い企業に就職すれば、母を楽にしてあげられる。
「もう行きたい大学は決まってるのか」
まさにいま考えていたことを、叔父が話題にしてくる。
「国立には行きたいと思ってる。C大とか、Y国立とか」
「おお、レベル高いところ狙ってんだな。すげーな」
「叔父さんのお陰だよ。今の高校に入れたから」
「ああ――本当はワンランク下の公立にしようとしてたよな」
「うん、絶対公立に落ちたくなかったから」
滑り止めの私立は、学費が高すぎた。母に経済的な負担をかけたくなかった。
「俺は少し金を援助しただけだろ。お前の努力が実ったんだ」
「でも、塾の冬期講習に行けたのは大きかったし」
中三の夏――確か、新の誕生日だった。八月十六日。
本当はN校に行きたいと告げたとき、叔父が援助を申し出てくれたのだ。冬期講習の授業料くらいは俺が出してやる、と。それに、もしN校に落ちて私立に行くことになっても、学費の半額程度は出してやると。だからN校にチャレンジしようと決断できた。
「あの時はタイミングが良かったんだ。儲かってたから。今だったら援助は厳しかったな」
叔父が頭をガシガシ搔きながら言う。
新はなんとなく、叔父の装いを観察した。上の長袖Tシャツはファストファッションブランドのロゴが付いている。下のジーンズは前会ったときに穿いていたものと同じ。膝のあたりが破れているが、これはダメージ加工というより、経年劣化のそれだ。
叔父は五年前に起業している。Ωとα向けの結婚相談所を経営しているのだ。新が中三のときは、叔父の羽振りが良かった。ブランド物の服を身に着けていて、よく新にお小遣いをくれた。
「会社、上手く行ってないの?」
起業した当初は、マスコミにも取り上げられるほど注目を浴びていた。Ωとαのマッチングに絞った相談所が初めて登場したと。αは高ステータス、Ωは容姿が端麗であることが会員になる必須条件で、登録してから一年以内に成婚する確率が九十パーセント以上だと謳われていた。
「今はあんまり、だな。自営業は波があるんだよ。まあ、後追いの同業が増えちゃったしな」
「そうなんだ」
「大丈夫。また巻き返すさ。新しい上客も増えてきてるし」
だからお前は心配するな、と言って、叔父が笑った。少し疲れたように。
会社を畳むつもりはないようだ。経営状況が良くないと言って、すぐに辞めるわけにはいかないのだろう。従業員もそれなりにいると聞いている。それに、叔父自身にも養う家族がいる。奥さんと、もうすぐ二歳になる子供が。
「たまにはトモくんに会いたいな。ヒナさんとも」
「ああ、そのうち連れてくる」
前にも同じような会話をしたな、と思い出した。ここ一年は、叔父の家族と会っていない。
「ギターは弾いてるか?」
叔父がギタースタンドの方に顔を向けながら聞いてくる。
「もちろん。毎日弾いてる」
「そうか。弾くの楽しいか」
「楽しい。弾くから聴いてよ」
「ああ。毎回聴くたびに上達してるよな」
嬉しそうに叔父が笑う。
新は叔父から貰ったギターを、スタンドから丁寧に引き抜いて、彼の好きなデンバーのカントリーロードを弾き始めた。
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