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11文化祭
その後の夏休みは、大和とは部活で会うだけに留めた。二人きりになることは少なかった。他の部員(二年二人、一年二人)と共に、文化祭で演奏する曲を練習し、帰宅したら受験勉強に勤しんだ。
九月六日の文化祭一日目。
午前中はクラスの出し物――新のクラスは喫茶店だった――に参加し、昼食を摂ってからは、アコースティックギター部のライブの準備を始めることになった。スタート時間は十四時だ。
音楽室に部員全員が集まり、他の教室から椅子を集めてきて並べ、観客席を作る。
あらかじめ作成しておいたプログラムを確認しながら、リハーサルを行う。一曲目から三曲目までは三年――新と大和の演奏だ。クラプトンの名曲を一曲、最近流行っているJ-POPを二人でアレンジしたものを一曲、最後に、二人で一から作り上げた曲を披露する。
四曲目から六曲目までが二年、七曲目、八曲目が一年、九曲目と十曲目が全員の演奏となっている。
「なんか緊張してきた」
一年の二人が、顔を強張らせ、ギターを抱えながら足踏みをしている。
「大丈夫だよ。たくさん練習したんだから上手くいくって」
「先輩は何回もやってるから」
恨みがましい目で見られ、新は苦笑した。
さすがに三回目ともなると、発表会にも慣れてくる。もし間違えてもバレないようにカバーする奏法が、頭と指にしみ込んでいるのだ。だから必要以上に緊張もしていない。
「間違っても止まらないで、適当にジャーンって弾いてれば何とかなるから」
大和が面白おかしく話し、笑いが起こる。
二回目のリハーサルを終えたところで、音楽室のドアを開ける。と、開場を待ってくれている人がいた。それもたくさん。
続々と音楽室に人が入ってくる。その中で顔見知りは宮尾と高橋だけだった。あとは他の部員の友人や、純粋にギターを聞きたくて来た客だろう。
新は大和と顔を見合わせ、セッティングした二脚の椅子に腰を下ろした。スラックスのポケットに手を入れ、ピックがあることを確認する。これは二曲目のときに使うのだ。
チューニングを手早く済ませ、指鳴らしで軽く音階を弾いてから、大和の顔を見た。
彼は全く違う方向を見ていた。目を見開いて。
「え?」
大和の視線を辿る。観客の誰かを凝視している。と思ったら、彼が勢いよく立ち上がった。ギターが音を立てて落下した。次いで水色のピックが床に落ちてバウンドした。
おかしい。大和の行動が変だ。
慌てて新も立ち上がったが遅かった。
大和が観客席の中央に向かって走り出す。
観客席の二列目に座っていた生徒も立ち上がって、こちらに走り寄ってくる。ぱっと見ただけでも、類まれな美貌の男だということが分かる。
二人が対面する。顔を近づける。
大和に追いついた新は、彼らがお互いの顔を食い入るように見ているところを目撃した。そして。
二人が抱き合った。戸惑うこともなく、顔を近づけ接吻する。舌を絡ませる濃厚なキス。新とだってしていないキスだ。
止めなくちゃ。そう思うのに、体が動かない。声が出ない。ガクガクと全身が震えた。さあっと血の気が抜けていく感覚。
「止めろ! みんなで止めるんだ。このままだとここでおっぱしめるぞ!」
聞き覚えのある声が室内に響き渡る。宮尾だ。宮尾の声だ。
新は我に返った。
一列目に座っていた生徒たちが、体をくっつけ合っている二人を力任せに引き剝がそうとしている。新もそれに加わった。大和の背後に回って、彼の腰を引っ張る。
宮尾が大和の相手の腰を掴んで、思い切り捻った。他の生徒も二人の腕や頭を掴んで引っ張り、どうにか二人は離れた。
まだ大和は腕をばたつかせている。それを四人がかりで抑え込んでいる。
「どっちか保健室に連れて行こう」
いつの間にか高橋が、新の横に立っていた。
「――そうだな。じゃあ大和を保健室に」
音楽室は騒然となっている。
なに、いまの。なんでいきなりあんな事――目の前で起きた出来事が不可解で首を傾げる人がほとんどだったが、中には真実に気が付いている生徒もいた。
「あれ、運命の番の出会いってやつじゃない?」
出会った瞬間に分かって、恋に落ちるんだってよ。
他人事のように面白おかしく話している声が聞こえてくる。
「新、ほら、急ごう」
宮尾に促され、新は慌てて、押さえつけられて暴れている大和の腕を取った。
新と宮尾、高橋ともう一人の生徒で大和を保健室に連れて行った。
ギターの演奏会のことなんか、頭から吹き飛んでいた。
養護教諭にラット用の鎮静剤を打たれると、すぐに大和は静かになった。ベッドに寝かせると、一分も経たないうちに眠ってしまった。
新は、ベッドの傍にあった丸椅子に座って、彼の寝顔を眺めた。
顔が汗びっしょりだ。頬も上気している。
スラックスからハンカチを取り出し、大和の額を拭ってやる。
「相手は編入生の二年だ。前に話したことあるよな。名前は井坂 環(いさか たまき)」
傍らに立っている宮尾が静かな声で話している。
「四月に編入してきたけど、あんまり来てなかったみたいだ。今まで取得した単位数とか、出席日数を鑑みて、だろうな」
「そう」
どうにか声を押し出す。
「秋月」
宮尾が痛まし気に新の顔を見て、「大丈夫か」と聞いてくる。
――大丈夫なわけないだろ。
さっき目の前で起きたことを考えたら、正気でなんていられない。
頭を振って、違うことを頭に浮かべる。
今頃、他の部員はどうしているだろう。あの場を適当にやり過ごして、発表を始めているだろうか。自分は部長だ。発表会を全うさせる義務がある。
丸椅子から立ち上がる。
「宮尾、もう少しここにいて大和のこと見ててあげて」
「秋月」
「俺は音楽室に戻るから。ちゃんとライブやらないと」
「それどころじゃないだろ……お前はここにいるべきだ。目が覚めたときにお前がいなかったら颯が落ち込むよ」
「それがなんだよ」
――俺の方が落ち込んでる。
恋人が目の前で、違う男と抱き合って、キスまでしたのだ。新のことなんて全く眼中になかった。あのとき彼らは、二人きりの世界に浸りきっていた。狂おしいほどの情熱を目に宿して。
「颯は正気じゃなかったよ。どう考えてもおかしかっただろ」
そうかもしれないけれど。でも、簡単には割り切れない。
「俺が音楽室に行ってくる。高橋は保健室に残しておくからさ」
新の返事を待つこともなく、宮尾が仕切りカーテンを開け、外に出て行った。
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