3邂逅

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3邂逅

 新が颯大和と初めて会ったのは、N高校入学式の翌日の放課後だった。しっかり六時限の授業を受けて疲れてはいたが、気持ちだけは元気だった。  机の横に凭せ掛けておいたソフトケース入りのギターを背負い、速攻でアコースティックギター部の活動拠点に向かう。今日は木曜日だから、音楽室Bだ。  別棟の校舎までの連絡通路を走り切り、二階まで駆け上がる。すぐに音楽室Bが見えた。とたん、ワクワク感に緊張感が混じりだす。防音の分厚いドアの前で暫し立ち往生。  ――ノックはした方が良いよな。礼儀として。何回だっけ。  そんなことを考えていたとき、背後から声をかけられた。 「きみも一年? ギター部希望?」  耳触りの良い声だった。新よりも少し低い。 「そうだよ。きみも?」  振り返りながら問いかける。 『きみ』なんて呼ばれ方したことがないから新鮮だった。自分が誰かに対し『きみ』と呼んだことも無かったし。 「そうだよ。俺は一年の颯大和。よろしく」  そう言って笑いかけてくる彼は、やけに格好良かった。背が高く、体つきもしっかりしていて、同じ高一だとは思えないほどだ。顔も凄く端正だ。彫りが深く、目と髪の毛が少し茶色っぽいから、異国の血が入っているのかも、なんて思った。その割に名前は和風だ。 「きみは?」  首を傾げながら聞いてくる。人懐っこい表情をすると、少し子供っぽくなって可愛い。 「あ、ごめん。俺は新。秋月新。よろしく」  つい彼の顔に見入ってしまった。今まで見た中で、ダントツ一位のイケメンだったから。 「なんでここで立ち止まってるの」 「ちょっと緊張しちゃって」 「じゃあ一緒に入ろう」  新は頷いて、音楽室のドアを開けた。とたん、ジャンジャカジャカ、と弦を快活に弾く音が聞こえてくる。メロディラインと伴奏がきれいに重なって、聴き応えがある。  心の中で、おお! と叫ぶ。これぞ生のセッション。いつも自分だけが鳴らす拙い音しか耳にしていなかったから、感動もひとしおだった。 「お、新入生? 入部してくれるの?」  ギターを繰る手を止めて、朗らかに話しかけてくれる部員が一人。大人っぽい感じがするから、三年生かもしれない。 「はい!」  勢い込んで返事をする。もう新の中では入部が確定していた。仮入部なんて必要ない。今すぐ本入部したい。 「それは良かった。やる気ありそうだし。ギター好き?」 「好きです。一応三月から練習してます」  背負っていたソフトケースを外して、ギターを取り出す。叔父から入学祝でプレゼントしてもらったMorrisのFシリーズ。けっこう値が張ったのだ。 「お、すげ。バックもサイドもマホガニーじゃん。高いやつだ」 「え、どれどれ」  演奏を止めずにいたもう一人の部員が、興味深そうに新の持つギターに注目してくる。 「あ、これMorrisのF9XSだな。十五万以上したんじゃない?」  すごい。当たっている。 「はい、そうです」 「ええ、そんな高いの持ってきたら危ないぞ。盗まれたらショックだろ」 「そうだな。大事なら家で弾くようにして、部活では安いの使えよ。一万でもそこそこ弾けるからさ」  二人して、親身になってアドバイスしてくる。  確かに十万以上するギターを学校に持ってくるのはリスクが高いかもしれない。 「でも良いギターだな。ちょっと弾かせて」 「いいですよ」  快くギターを貸すと、二人がそれを取り合った末に、ジャンケンをして勝った方が演奏し始めた。滑らかな旋律が奏でられ、「次は俺な」と言いながら、もう一人が自分のギターで伴奏を始める。  ――上手だなあ。  新も家で、動画を見ながら練習しているが、こんなに軽やかに弾くことなんてできない。どうして手元を見ないで簡単に弦を押さえられるのだろう。 「上手だな」  いつの間にか隣で座っている颯大和も、先輩たちの奏でる音に聴き入っている様子。  ――なんか、良い奴っぽいな。  良い物は良いって素直に認められるところとか。 「颯は入部する?」 「もちろん」  口を大きく開けて笑い、颯大和が自分のギターを見せてくる。 「従兄弟のお下がりなんだ。続けるか分からないから、中古で十分だろって」 「まあそうだね」  でも、なんとなく、一緒に続けていけそうな予感がした。だって大和のギターを弾くときの目がキラキラしているから。自分も同じような顔をしているんだと思うと、少し気恥ずかしいが。でも、好きなことが一緒の人と、これから毎日活動できるのは嬉しいことだ。 「よろしく」  二人は同時に言っていた。 「あ、そっちのデカい方も入部してくれるの? やった、これで廃部は免れたな」  先輩二人がホッとしたように笑った。 「一年はやる気があって良かった」  二年は一人いるんだけど、サボってばっかりなんだよなあ、と先輩が愚痴った。  後から彼らに聞いた話なのだが、このときギター部は三年が二人、二年が一人の状態で、新たに二人以上入部者がいないと、同好会に降格してしまうところだったのだ。  結局、この年に入部したのは、一年の新と大和だけだった。そのせいか、新たちはすぐに仲良くなり、毎日練習に出て、切磋琢磨し合う関係になっていった。
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