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「テル、おい、ぼうっとするな!」  向かい側の木の陰から、低く抑えているが、鋭い声に呼びかけられて、照之ははっと我に返った。 「毅さん……」  声の方を見ると、ライフルを持った全身筋肉質の大男が、照之の方を強い目で睨みつけている。 「こんなときに何を考えてる。死ぬぞ!」  その瞬間、照之は今の状況を思い出して歯噛みした。こんなときに過去の記憶に囚われ、我を失うなど、どうかしていたとしか思えない。 「すみません。もう大丈夫です」  再び緊張感を取り戻した照之は周囲を油断のない目で見まわした。  深い森の奥だ。吹き抜けるわずかな風に揺れる木々の葉擦れの音以外、なんの気配もないように思える。  しかし、近くには必ず「あれ」がいるはずだった。  武田照之と九龍毅は、もうひと月近くも人間の1人も存在しない、こうした場所を彷徨い続けていた。照之の弟である、武田翔が失踪したからだ。  もちろん、翔が何の変哲もない人間なら、そして翔が姿を消したのが、地球上にある街のどこかなら、2人もこんな風にあてのない旅に出る必要などなかっただろう。  でも、翔は普通の人間ではなかったし、彼が姿を消したのも、地球上の街ではなかった。翔は、地球から数百光年離れた深宇宙にある、とある惑星の上で、突如としてその姿を消したのだ。  翔がそうなら、照之と毅も普通の人間ではない。彼らは、自らを長命種と呼びならわす、地球の人類とは出自を異にする一族の末裔だった。  彼らは、翔が姿を消した深宇宙の惑星に端を発する存在で、その実態についてはほとんどわかっていない。  しかし、彼らの祖先たちが卓越した科学技術を持っていたこと、にもかかわらず、素朴な暮らしぶりを貫いたこと、そして数千年以上前に、惑星を席巻した原因不明の病によって、そのほとんどが滅びたことは、現在の長命種たちも知っている。  さらに、病の感染を免れた少数の長命種たちは、人類発生直後の地球に移り住み、以降地球の人類とは関わることもなく、祖先たちがその技術をもって作り上げた遺物と呼ばれる機械を用い、ひっそりとその身を隠して、現在まで生き続けてきたのだ。  そんなルーツを持つ長命種の1人である翔が、普段暮らしている地球上でなく、故郷であるここ、深宇宙の一惑星上で姿を消した。  どうして彼がそんな場所にいたのかは、ここ最近、彼が巻き込まれていた事情による。  翔の周りでは最近、不可解な事故や事件が立て続いていた。  出先で大地震に見舞われたり、歩道を歩いているときに、翔めがけて車が突っ込んできたり、極めつけは通り魔に襲われかけ、間一髪で照之が翔を庇い、かろうじて事なきを得たことだった。  それ以外にも、大小取り交ぜれば数十ではきかないほどの異変が彼を襲ってきた。問題は、それらの出来事が、3か月にも満たない短い間に、立て続けに起こり続けたことだ。  ひとつひとつの事柄を取り上げれば、偶然と言える出来事の羅列にすぎない。
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