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 それでも、それらが普段生活しているときに起こる確率がどれほどのものかを考えたとき、照之は翔に異変が起こっていると思わずにはいられなかった。だからこそ、彼は弟を連れ、しばらく前からこの惑星に避難していたのだ。  翔が消えたのは、こちらにある照之の拠点のひとつとなっていた家の前に広がる、桜の森の中だった。  本来であればこちらの惑星上に桜は自生しない。しかし、照之たちがこの場所にやってくる前から、明らかにこちらのものとは異なる家が森の前に建てられていたことから考えると、どうやらその人物が、地球からこちらに桜を移植したようだった。  そして翔は、例年通り満開となった桜の森の中で、舞い散る桜の花弁に紛れるようにして、姿を消したのだ。  照之たちは、普段は地球に家を持ち、地球で暮らしている。そんな彼らがそこから数百光年も離れたこの惑星に降り立つことができたのは、祖先たちが作り上げた遺物のひとつである転移装置を使ったからだ。  一見、高さ20センチほどの台座に見えるそれは、2台で1組にして同期させ、転移元と転移先に1台ずつ設置することで、その間にどれほどの長い距離があろうと、一瞬でその2点間を行き来することができる。  今となっては、これがどんな技術を用いて作られたものなのか、照之には知る由もない。しかしそれでも、今回弟を避難させるためにはこれ以上に有用なものはなかった。  もちろん、場所を移動したからと言って、翔が安全になるわけではない。だが事故が起き続けたとしても人災だけは防げるし、周囲の人間を巻き込むこともなくなる。翔の失踪は、そういう理由から故郷へ逃げ出した末に起きた出来事だった。  照之は向かいの木の陰に身を隠して周囲を警戒し続けている毅の姿を、再び横目で見た。岩のように動じることもなく、目の前の出来事に集中し続けているその姿は、この上もないほど照之の心を落ち着かせる。  毅とは、照之が生まれる前から家族ぐるみの付き合いを続けている。  外見上は照之とほぼ変わらない年齢に見える彼だが、実際は照之の両親ですらその年齢を知らないほどに古い存在だった。  そのとき、静かにそよぐ下草の向こうから、わずかな音が聞こえてきた。  低く唸るような、重々しく獰猛な、巨大な獣の息遣いだ。やはり、こちらへやってきたのだ。
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