第6話

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第6話

 パーティー会場からわたくし達が出ると、すぐに近衛兵が追ってきました。  きっと、クラウス殿下の指示によるものでしょう。たくさんの近衛兵がわたくし達に向かって走ってきます。 「まぁ。追いかけてきますわ、逃げなきゃ」 「ははっ、追いかけっこだね。走ろう」  楽しげにルベリウス殿下が手を差し出すので、わたくしは笑顔で手を取ります。  だって、わたくし悪女なので、はしたないことなんてお構いなしなのですもの。  ドレスの裾をたくし上げて、彼と二人で全速力で駆けだしました。  しばらく走り回り懸命に逃げているのですが、先方もなかなかにしぶといです。  元は淑女のわたくしに体力があるはずはないので、体力勝負になってしまうと、わたくし圧倒的に不利ですわ!  逃げ回るうちに、どんどんと距離が縮まってきて、わたくし涙目で喚いてしまいます。 「もう! しつこいですわ!!」 「それじゃ、僕に掴まってて、ガーネット」 「え? ……きゃっ!?」  ルベリウス殿下がわたくしを横向きに抱き上げると、急に空中に出現した魔法陣を駆け上がり、彼は宙を飛びました。  浮遊感に驚いたわたくしは、ひしと彼にしがみついて叫びます。 「きゃぁ! 落ちますわぁ!!?」 「大丈夫だから、僕を信じて」  そう言われ、思わず閉じてしまっていた瞼をそろりと開きます。  すると、落下はとても緩やかで、彼がしっかりと支えてくれていることもあり、まったく怖くありませんでした。  わたくし達が何かを飛び越えると、後方で魔術障壁が展開されて、追いかけてきていた近衛兵達が、一瞬にして障壁空間に閉じこめられてしまいました。  ルベリウス殿下は走り回りながら、あちこちに魔法陣を構築し、近衛兵達を一網打尽にする罠を仕掛けてくれていたようです。  追手がいないことを確認し、魔術障壁で囲った庭園にわたくしを降ろして、彼はなんてことなさそうに言います。 「これでしばらくは安心。もう大丈夫だよ」  通常の魔術師ならば、こんな迅速に、正確に、広範囲に、魔術障壁を展開するなんてことはできません。  それも、結構な多人数の近衛兵を、対魔術が施されている訓練兵を、傷一つ付けない状態で全員閉じこめてしまえるなんて……。  これは、ルベリウス殿下だからこそできたことです!  類稀な才能や貴重な能力に加えて、それ以上に彼自身による努力の賜物なのですから!!  彼の魔術技能に感激したわたくしは、興奮して彼を褒め称えます。 「すごい! やっぱり、ルー殿下は天才ですわ! 素晴らしい魔術師です!!」  わたくしの勢いに押され、彼は目を瞬かせた後、面映ゆそうにはにかんで本当に嬉しそうに笑います。 「……うん、君にそう言ってもらえると嬉しい。ありがとう、ガーネット」  ゆっくり休憩して、月明かりの照らす庭園を二人で散策しながら、彼はわたくしに訊きました。 「参加したがっていた社交パーティーはどうだった? 少しは楽しめたかな?」 「えぇ、楽しかったです。言いたかったことが言えてスッキリしましたし……それに、皆さんの驚いた顔、面白かったですわ。うふふふ」 「ああ、確かに。ガーネットと僕だと気づいて驚いた周りの反応とか、あの兄上の間の抜けた顔とか、面白かった……ぷっ、くくく、あはははは」 「そうそう、傍にいたエメラルダ嬢も、すごいお顔してましたわ! こんなに目を吊り上げて、お顔をしわしわにして……ぷふっ、あはははは」  思い出したらなんだか笑いが止まらなくなって、二人でお腹を抱えて大笑いしてしまいました。  大きく口を開けて笑うだなんて、幼い頃以来でしょうか?  淑女としては、はしたなくてできなかったので、大笑いするのがとても楽しくて止められません。  自分勝手に振る舞って、周りを翻弄して、大笑いする。わたくし、なんて悪い女なのでしょう! やっぱり悪女って、最高に楽しいですわ!!  大笑いしていたのが落ち着いてきて、彼がわたくしに問います。 「……君は悪女になりたいんだね?」 「えぇ、華麗な悪女になってみせますわ!」  自信満々に胸を張って答えると、彼は目を細めて蕩けるほど眩い微笑み浮かべ、わたくしに囁やきます。 「そうか、そんな君も素敵だね……君はいつでも輝いている、僕の光だ……」  そう言ってわたくしを見つめる彼の優しい眼差しから、目が離せなくなってしまいます。  神秘的な紫眼の瞳は月明かりの光を溶かして、尚も美しくキラキラと輝いていました。  わたくしが見惚れていると、彼は感慨に耽るようにして呟きます。 「……ずっと、君の煌めく赤い瞳が見たかったんだ……」 「? ……最近はいつも、見ているではありませんか。おかしなことをおっしゃいますわね。ふふふ」 「……そうやって、楽しそうに笑う君の笑顔が、何よりも見たかったんだよ……」 「ふふ。ルー殿下と一緒だと、とても楽しくて、つい笑顔になってしまいますわ」 「それは、この上なく幸せなことだね。……なら、僕は君をもっと笑顔にしよう」  会場から流れてくる舞踏音楽が聴こえてきて、彼は恭しくお辞儀をし、手を差し出してわたくしを誘います。 「では、華麗な悪女の君。僕と踊っていただけませんか?」 「ふふん。華麗な悪女のわたくしが踊ってさしあげますわ」  わたくしは誘いに応えて、戯れに偉ぶって見せます。  彼とわたくしは笑いながら、お互いに手を取り合い踊りました。  月明かりが照らす美しい夜の庭園で、わたくし達は二人だけの舞踏会を楽しんだのです。  ◆  それからというもの、わたくしは『華麗な悪女』として、己が思うままに悪徳の道をひたすら邁進する、そんな日々をすごしました。
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