第7話

1/1

377人が本棚に入れています
本棚に追加
/12ページ

第7話

 ――ある時は、学院の風紀を乱してやりました。  平民を嘲笑う貴族の学院生を見かけ、その貴族よりも勝るわたくしの権力や財力をもってして、格の違いを見せつけてねじ伏せ、嘲笑ってやりました。  驕り高ぶっている権力者が如何に醜悪で滑稽に人の目に映るのか、わたくしは我が身をもって分からせ、正しい王侯貴族のあり方を懇々と説いたのです。  自分のことを棚に上げて、偉そうに言いたい放題お説教するなんて、わたくしったら中々に悪い女ではなくて?  うふふ、立派に悪女ができていますわね! この調子で頑張りますわよ!  また、貴族には眉をひそめられることですが、平民が着る制服をわたくしは好んで着ました。前々から可愛いと思っていたので、着てみたかったのです。  多忙で参加できていなかった学院行事にも、積極的に参加しました。  そうしている内に、貴族も平民も学院生はわたくしの真似をして、媚びへつらうようになりましたけども……。  まぁ、ルベリウス殿下を除いて、学院内で一番身分の高いのは公爵家のわたくしですから……当然、学院で偉ぶっていいのは悪女のわたくしだけなのですわ! 「ガーネット、どうかなこれ?」  学院の昼食休憩、ルベリウス殿下に声をかけられ、振り返ったわたくしは驚きました。 「ルベリウス殿下!? そのお姿は……」 「僕も君の真似をして、制服にしてみたんだけど、どう? 似合うかな?」  わたくしの目の前には、制服を着崩して袖をまくり、首元を緩めて前髪を上げ、黒い色眼鏡をかけた彼の姿があったのです。 「なんと言いますか、とっても…………とっても、悪そうですわ!」  元々は品行方正で気品があって優雅な雰囲気のある彼が、服装を乱しているだけで、なぜだか妙な色っぽさが溢れ出しています。  大人びていながらも、大人になりきらない。悪戯っぽさがあどけなくも危うい、そんな色香を漂わせていて、わたくしなんだかドキドキしてしまいます。 「……特にその黒い眼鏡……格好良くて素敵ですわね……」 「髪を上げて顔を出すようにしたからね。これがあると昼間も眩しくないんだ」 「……良いですわ…………とっても、悪そう……」  わたくしが彼にうっとりと見惚れていると、彼に見惚れているのはわたくしだけではありませんでした。  周囲で昼食をとっていた方々も皆、彼の色気に当てられて頬を赤く染めていたのです。  色めき立つ周囲の様子を見回した彼は、色眼鏡をずらしてわたくしに流し目を送り、片目を閉じて合図して見せます。 「どうやら、僕の顔は色々と使えるようだし、使えるものは使わないと、ね?」 「はぅ!」  彼の合図と同時に、わたくしの胸は何かに射抜かれた気がして、変な声が出てしまいました。……もぅ、恥ずかしいですわ!  ――またある時は、貴族の堅苦しい因習を唾棄してやりました。  舞踏会の片隅で蹲る破けたドレスの乙女を見かけ、わたくしは閃いて自分のドレスを裂いてスカートの丈を短くしたのです。  淑女の嗜みで裁縫は得意だったので、切った端切れでコサージュやリボンを作り、乙女とわたくしのドレスを見違えるほど豪華で可憐なドレスに仕上げました。  女性が肌を露出するのははしたないと、足を見せるのはいやらしいと、忌避される因習なんて唾棄して、乙女の自由な愛らしさを知らしめてやったのです。  キャッキャッ、こんなに破廉恥なことを堂々としてのける、わたくしったらなんて悪い女なのでしょう! 楽しくなってきちゃったので、もっと楽しくしてしまいましょう!!  型破りな女性同士のダンスでも、乙女が楽しげに微笑んでいれば、魅了されるものです。  壁の花になっていた乙女達も誘い、可憐な乙女に引き寄せられる紳士達も巻き込んでしまえば、もう誰も文句は言えませんわ!  後日、新しく丈を短く仕立てたドレスをルベリウス殿下にお披露目したくて、彼の前でクルクル回ろうとしたら、裾を押さえられ止められてしまいました。 「うわぁっ!? ガーネット、それ以上は丈短くしちゃ駄目だよ! 踊ったら下着が見えそう……」 「あら、さすがに見えちゃうのはいけませんわね。うーん……そうですわ! 今度は見せる下着を作りましょう!」 「み、見せる下着? だ、大胆だね、ガーネットは……ちょっと煽情的すぎないかな?」  ごくりと唾を飲み込んで心配そうに言う彼を後目に、わたくしは想像が膨らんでワクワクしてしかたありません。 「贅沢にフリルをたくさん寄せて作るフワフワのパニエとか、ドロワーズを豪華なドレスと同じ生地で作って重ね着したら、絶対に華やかで可愛いですわ! あぁ、次のパーティーに間に合うかしら? 今から楽しみですわね♪」  うきうきと楽しい気分でわたくしがはしゃいでいると、彼は小さく溜息を吐いて呟きます。 「はぁ……君がそんなに楽しそうに笑っていたら、僕は駄目だなんて言えないよ……ただでさえ牽制しているのに、花に群がる虫を蹴散らすのは、相当骨が折れそうだ……」 「? ……庭園の蝶々のお話ですか?」 「いや、なんでもないよ」  彼もニッコリと微笑んでくれるので、わたくしはやりたいようにやりますわ!  ――そのまたある時は、市井に降りて民衆を惑わして馬鹿騒ぎしてやりました。  作物の不作で商人に買い叩かれている農民を見かけ、わたくしは閃いて公爵家の財力でもって商人を黙らせ、その農民から作物をすべて買い上げてやりました。  買い上げた作物を、農民が丹精込めて育てた作物を、わたくしは農民達の目の前で踏み潰してやったのです。  キャーキャー、やってしまいましたわ! わたくったらなんて悪い女、極悪非道な悪女ですわね!!  見目の悪いブドウやベリーは、商人の言う通り売り物にするには不出来でした。  ですが、糖度が高いものは変色し見目が悪くなるのだと、知識があったのです。  すぐに痛んで食べられなくなる不出来な作物も、ジュースにすればいいのです。  糖度の高いジュースを保存して、発酵させればお酒にもなります。  わたくしが踏み潰してジュースを作っていると、農民や市井の娘達も真似をして見目の悪い作物でジュースを作り始めました。  キャッキャとはしゃいでいれば、騒ぎは大きくなって、街を上げてのお祭り騒ぎになったのです。ふふふん、してやったりですわ!  汚れた足を水場で洗いながら、娘達と水を掛けあいバシャバシャ遊んでいると、ルベリウス殿下に膝を抱えられ持ち上げられてしまいました。 「ほら、もうおしまい。こんなに濡れて、風邪をひいてしまうよ」 「あはは。水遊びすごく楽しいですわ! もっと遊んでいたいくらい♪」  同年代の娘達と騒いで遊ぶのがとても楽しくて、もっと遊んでいたくておねだりしてみますが、彼はわたくしの顔をじっと見て困った表情をしながら言います。 「……もう、そんなに良い笑顔しても駄目だよ。日が落ちて冷えてきたからね……それに、周りの男達の視線も気になるし……」  水場の近くにいた男性達の方へと彼が顔を向けると、ヒィッと小さな悲鳴が聞こえて、男性達は散り散りにいなくなってしまいました。  乾いた地面にわたくしを下ろし、彼は上着を脱いで掛けてくれます。  どうやら、水に濡れて薄っすらとですが、下着が透けてしまっていたようです。  しっかりした生地の見えてもいい下着なのですが、そんなわたくしの姿を見ないように彼は顔を背けていて、頬やお耳を赤く染めていました。 「ふふふ、ルベリウス殿下もそんなお顔をしますのね」 「えっ? そんな顔って、僕どんな顔してるの??」  わたくしの言葉に驚いて、慌てて彼は振り返りました。 「お顔もお耳も、首まで真っ赤になっていますわよ」 「は、恥ずかしいから、そんなに見ないでくれるかな……」  彼は両手を翳して顔を隠してしまいました。  ですが、わたくしはその手を取って顔を覗き込みます。 「ふふん、駄目ですわ。いつもはわたくしばかり見られているんですから、ルー殿下のお顔も見せてください♪」 「わぁ! やめてガーネット! もう許して!!」  恥ずかしがる彼の反応が可愛くて、悪女のわたくしは新しい遊びを覚えてしまいました。……じゃれつくのが楽しくて、猫になった気分ですわ!  そんな、自分勝手に生きる『華麗な悪女』としての楽しい日々は、瞬く間にすぎていきました。  ただ、ずっと気になっているのが、これだけ好き勝手に振る舞っているというのに、王家からのお咎めが何もないということです。  それが、どうにも不可解で不気味に思えてしかたありませんでした。 「ルベリウス殿下……あの、王宮に出向くことがなくなったので、お訊きしたいのですが、クラウス殿下とエメラルダ嬢はどうされているのでしょう?」 「……あの二人は相変わらずといったところかな。真実の愛だの恋だのと言って、人目もはばからずにイチャついているし、公務もさぼり仕事そっちのけで色ご――ご、ごほん」  言葉を濁す彼の様子から、クラウス殿下達の傍若無人な振る舞いで、王宮の方々は滞った仕事に追われ、わたくしに構っている余裕などないのだろうと推測されました。  わたくしが放り出してしまったことで、他の方の負担になってしまったのなら、少し申し訳ない気持ちになります。 「そうなのですね。公務が滞って……皆さん大変ですわ……」 「その辺りは僕がなんとかするから、君は何も心配しなくて大丈夫だよ」  彼が優しく微笑みかけてくれるだけで、わたくしはいつも不思議と安心しきってしまうのです。  やがて、月日は流れ、学院卒業を一月後に控えるところまできてしまいました。  悪夢の未来で婚約破棄され断罪された、あの卒業パーティーが日に日に近づいてきていたのです。  わたくしは未来を変えるために『理想の淑女』をやめて、『華麗な悪女』としてすごしてきました。  けれど、未来は変わっていると信じたいのに、どうしても一抹の不安が拭えきれません。  ですので、わたくしはこれを最後(・・)にしようと決め、公爵家で大々的に社交パーティーを催すことにしたのです。  ◆
/12ページ

最初のコメントを投稿しよう!

377人が本棚に入れています
本棚に追加