バフェット城で

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バフェット城で

「そうですね。もしエチルデが労働の対価としての資金を用意するなら、当面は信頼のおける所でハーティリアの通貨に換金したいと思っています」  ハーティリアにも金貨、銀貨、銅貨とあるが、主に流通しているのは銀貨と銅貨だ。  貴族たちが金貨を使う事はあるが、その金ももとはエチルデ産の金を使用していたので今では稀少さを増している。  そこでいきなりエチルデの金貨が大量に流通し始めたら、様々な者がよからぬ思いを抱くだろう。 「そうした方がいい。エチルデ再興と言っても、王族は俺たち二人。そして生粋の民もバフェットに千人ほどしかいない。城も城下街も禄に機能してない状態で、国民と名乗らせるのも申し訳ない。その状態で〝敵〟が現れては、〝エチルデ〟が対抗する術もない。バフェットの騎士たちは勿論味方してくれるだろうが、彼らにもバフェット領を守る仕事がある。外部――バフェット領以外の騎士団に助力を要請して、信頼できる味方としてきちんと契約できた上で、少しずつエチルデの金、宝石を流出させ資金を得ていったほうがいい」  ランティスが言い、ディストが「その通りだ」と頷く。 「一度に資金を得ようとして、あるものすべてを出してしまえば、エチルデの金や宝石の価値が下がる。そういうものは小出しにして、価値をつり上げながら徐々に資産を増やしていくのが賢い」  ディストのあとを継いで、ルシオが口を開いた。 「僕の知人に、金勘定にはしっかりしている商人がいます。もしエチルデの宝を市場に出していくなら、手数料はかかりますがエチルデ側の利益になるよう動いてくれる、信頼できる者を紹介します」 「ありがとうございます、ルシオ様」  クローディアは微笑み、次のサンドウィッチにかぶりつく。  もっもっと口を動かし、つい数時間前、ここに至るまでは不安でいっぱいだったのが、今はやるべき事が沢山り、不安もあるが期待とやる気に満ちているのを感じる。  やがて大きなバスケット二つにぎっしりつまった弁当を全員で平らげたあと、クローディアは立ち上がり元気よく言った。 「さて! バフェット城に帰りましょうか!」 「そうだな」  ランティスも立ち上がり、伸びをする。 「ソル、忙しくなるわよ! まずはバフェット城の皆にランティスお兄様を紹介。それからディスト様とルシオ様たちを交えてのパーティー! でも身内だけのお祝いだから、そんなに気を遣わなくていいわ。城の皆にもご馳走を振る舞って、皆でお祝いしたいの」 「かしこまりました」 「それから、バフェット領にいるエチルデ領の者たちを城に呼んで、私とお兄様の身の上を明かす。その上でこれからのエチルデについて話し合うわ」  エメラルドグリーンの目を生き生きと輝かせたクローディアに、ランティスが尋ねてくる。 「いま一度問う。クローディア、お前はエチルデをどうしたい?」  兄の問いに、クローディアは瞳に覚悟を決めて答える。 「再興を目指したいわ。ここに私のお父様とお母様、そしてエチルデ王家を愛してくれた人がいるという証を、もう一度作り直したい。時間はかかるし、危険も伴うかもしれない。けれど、イグナット様の死を経てこの真実に辿り着いたのなら、そこに何らかの意味があると思っているの」  逸る気持ちが鼓動を速め、クローディアは胸元をギュッと掴んだ。 「もしかしたら、このままバフェット領の女城主、そしてその護衛いでいたほうが安全かもしれない。でも、それでは祖国は歴史の中に消えてしまう。まだ鉱夫も細工職人も生きているのなら、そのうちに手を打たないと」  兄に向けて必死に訴えると、クローディアの思い詰めた感情を宥めるように、ランティスが肩にポンと手を置いた。 「分かった。俺も協力する。こう見えて、バフェット、ミケーラの両方の騎士たちと横の繋がりは強いつもりだ。彼らもクローディアを慕っているし、何かあれば駆けつけると言っている。そこは心配するな」 「ええ」  兄と笑みを交わし、〝ラギ〟とするようにトンと拳をぶつけ合ったあと、クローディアはソルたちと協力して敷物を畳み、馬に跨がってバフェット城に戻る事にした。  森に入る前、最後にエチルデを振り返る。 (待っててね。私が必ず、綺麗にして蘇らせてあげる。懐かしい皆も連れて来るから)  祖国に語りかけ、クローディアは馬を進めた。 **  城に戻ってから料理長に城の者全員用にご馳走を用意してほしいと告げ、それから食料を仕入れるために城下街に使いもやった。  キッチンで忙しく料理が作られている傍ら、クローディアは他の者と協力して大広間にテーブルの用意をした。  やがて夕食時には騎士も含む全員が大広間に集まり、前に立っているクローディアが何を言うのか待っていた。 「イグナット様が亡くなられてから、私は悪名高い〝魔性の未亡人〟として王都の舞踏会に出たわ」  天真爛漫なクローディアの口から〝魔性の未亡人〟と聞き、全員がドッと笑う。 「勿論、色んな事を言われたけれど、私は気にしなかった。そんな状況でも、ディスト王太子殿下やルシオ様など、味方になってくれる人が現れたわ」  クローディアが二人を示すと、彼らが会釈をする。 「そしてイグナット様がなぜ毒を飲まれていたのかを、探る旅が始まった……。結局、イグナット様はご自身がエチルデ王家を滅ぼしてしまったも同然と自責の念に駆られ、とある方より毒を受け取り自ら長期間にわたり服毒されていたと分かったわ」  慕っていたイグナットの死因を知り、城の者たちがどよめく。  クローディアはディストが責められるのを避け、イグナットに毒を与えたのが何者かという事は明かさないと決めていた。  また、ソルがイグナットに飲ませていた事実も同様だ。 「イグナット様に毒を渡された方も、あんな良い方の自死を手伝う事はできないと、初めは頑なに拒んでいたそうなの。でもイグナット様のご意志は固かった。……守るべきエチルデも奥様もご子息も失ったイグナット様は、すべてに絶望されていた。その方も泣いて縋られて、身を裂く思いで毒を渡したのでしょう。だから私は、その方を責める気持ちにはならないわ」  クローディアが凛とした表情のまま言い切ったからか、亡き主人を慕っていた者たちも口を挟む様子はなかった。 「私は、バフェットのこれからを考えていきたいの」  明るい声音に変え、クローディアは笑みを浮かべる。  そして傍らに控えていたランティスに合図を送り、自分の隣に立ってもらう。 「真実を巡るこの旅の中で、私は自分が何者であったのかを知ったわ」  次の言葉を求める沢山の視線を浴びながら、クローディアは少し緊張して口を開く。 「……私は、ルーフェン子爵の娘ではなかったの」  大広間の中がどよめき、誰かが「奥様の話を聞くんだ!」と声を上げた。  すぐに鎮まった全員に向け、クローディアは少し固い表情で笑う。
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