喪服を脱ぐ時

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喪服を脱ぐ時

「私は、二十年前に滅んだエチルデの王女クローディア。そしてずっと私の側にいてくれたラギは……、エチルデのランティス王太子殿下……なの」  今度こそ全員が口々に何かを言い、動揺を隠せずにいる。  クローディアの隣にソルが立ち、手を挙げて皆を黙らせた。 「奥様が仰られている事は事実です。私は旦那様の遺言書をこの目で読みました。ルーフェン子爵のもとにも、生前旦那様が残された沢山の手紙と、証拠となる文面があったそうです。この方々は紛れもないエチルデ王家の生き残りです。私は旦那様の遺志を継ぎ、エチルデ王家の方々を支えていきたいと思っています」  十五年この城にいたソルに言われれば、全員信じざるを得ない。  呆然とした表情で、メイドの一人が挙手をして口を開いた。 「この城と領地はどうなるのですか?」 「当面、私はイグナット様のご遺志を継いで、バフェット女辺境伯としてこの地を統治していきたいと思っているわ。イグナット様は執務を引き継ぐための、かなり詳細な文面を残してくださった。それを見て、力が及ばないかもしれないけれど、頑張っていきたい。皆やバフェット領の民をおざなりにするなんてあり得ないから、安心して」  まず自分たちの安全が保証され、城の者たちは安堵した表情を浮かべる。 「その上で、ディスト王太子殿下を通じてハーティリア王国に指示を求めます。このままでは祖国は歴史の中に埋もれ、消えてしまう。まだ私たちや、城下街にいるエチルデの民が生きているのに、エチルデ再興を諦めたくないの。独立したいとは言わないし、決めていない。ハーティリアの助けを得た上で国を元の姿に戻し、それから少しずつ色々な事を進めていきたいわ」  これからすぐに何かが急変する訳ではないと知り、城の者たちも落ち着きを取り戻したようだ。 「お願いします! エチルデにもう一度息を吹き返したいと願う私たちに、力を貸してください。辺境伯としての仕事はきちんとします。頼りないかもしれないけど、精一杯頑張ります。私が暮らすこのバフェットと、生まれた土地を共に愛させてください!」  クローディアは躊躇わず頭を下げた。  それに倣い、ランティスも口を開く。 「今まで身の上を偽っていてすまない。長年お嬢を見守ってきた護衛として、エチルデの王太子として、俺からも頼む」  低く艶やかな声が大広間に凛と響き、長身の彼が美しく頭を下げる。  黒髪の兄妹が助力を請う姿を見て、誰かが最初に拍手をした。  すぐ近くから聞こえたので、ディストかルシオだったかもしれない。  だが構わずクローディアは頭を下げ続けた。  隣にいるソルも拍手をし、その輪が広がっていく。  やがて大広間の中に割れんばかりの拍手が鳴り響いた。 「バフェットでもエチルデでも構わない! 俺たちはクローディア様の味方だ!」  騎士の一人が言い、騎士たちが拳を掲げ声を上げた。 「ありがとう……!」  顔を上げたクローディアは、涙で顔をクシャクシャにして温かな答えをくれた者たちに礼を言う。  そんな彼女をソルが抱き締めてきた。  これからも変わらず支えてくれると言ってくれたソルを抱き返すと、彼女が「妃殿下にお仕えしきれなかった分、クローディア様の手脚となります」と誓ってくれた。  大広間は無礼講で飲み交わし、ご馳走を食べる者たちの陽気な笑い声で満ちている。  やがて楽器を得意とする騎士がヴァイオリンで陽気な音楽を奏で始め、ディストがクローディアにダンスを申し込んだ。  クローディアは満面の笑顔で彼の手を取り、黒いドレスを翻してステップを踏んだ。 (もう、この喪服を脱ぐ時なのだわ)  イグナットの想いはすべて解き放った。  あとは自分が彼の遺志を継ぐのみ。  胸の奥に強い決意を宿しながらも、クローディアは自分とランティスがエチルデの王族として受け入れられた、初めての祝宴を楽しもうと思ったのだった。 **  数週間にわたる旅から王宮に戻ったディストは、父王に謁見していた。  とはいえ、正式なものではなくあくまで親子の語らいという体なので、お互い普段着だ。 「随分仕事が溜まっているようだな」  執務室にいる父王オクールにからかわれ、ディストは苦笑いする。 「これから誠心誠意、取り組ませて頂きます」 「婚約者のエリーゼ殿もやや立腹なようだったぞ」 「あ……はは。そちらも今後、そつなくやります」  美しいが、やや嫉妬深く寂しがりな婚約者を思い出し、ディストは頭を掻く。 「……で、長い休みを取ってふらついた成果はあったのか?」  本題を促され、ディストは紅茶を一口飲みニヤリと笑って切り出した。 「エチルデの王太子、王女が見つかりました」 「……なんだと?」  それまで羽根ペンでサラサラと書類にサインをしていたオクールが、ようやく手を止めて顔を上げた。 「一体どこに……」 「灯台もと暗しです。二人とも国内にいましたよ。そして彼の国に眠っていた財も確認しました」  オクールの顔色が変わる。 「ですが、ここで欲を出してはいけません。ハーティリアは戦争に勝ったものの、目的であるエチルデを守り切る事はできませんでした。現在王太子と王女は、荒れ果てた国を元に戻す事を第一に望んでいます。それに進んで協力すれば、ハーティリアはエチルデの一番の友好国となるでしょう」  ディストに言われ、オクールはこみ上げた欲を落ち着かせる。 「この数週間で、エチルデの王太子、王女と交流があったと考えていいのだな?」 「はい。その上で、私は二人を友人としてとても気に入っています。二人とも政治から遠い場所で育ったからか、王族と思えないほどとても気さくで純粋です。貴族たちの欲望渦巻く場所に迎え入れるには気の毒で、彼らが自身の立場をしっかりわきまえるまでは、側で支えて相談役になりたいと思っています」 「……そこまで肩入れしていたか」  ニヤリと笑ったオクールも、紅茶を一口飲む。 「すべては偶然です。たまたま気に掛かった女性と行動を共にしていたら、エチルデの謎を解き明かす現場に立ち会ってしまった。それもすべて運命なのでしょう。ですから私は彼らの側に立ち、これからエチルデがどうなっていくか見守る責務があると思っています」  ディストの言葉を聞き、オクールはしばらく何かを考えたあと、息をついて決断した。 「では、エチルデ関係についてはお前に一任しよう。通常の執務に加えてやる事が増えるだろうが、自分で望んだ結果だぞ」 「ありがとうございます」  晴れやかに笑ったディストは、すぐにこの事を相談できる、信頼できる貴族たちを頭の中で思い浮かべる。  騎士団の何分の一かを動かすための算段、また国内で肉体労働者として一時的に雇うためのおふれの発行など、やるべき事を考えてディストは知らずと微笑んでいた。  日々同じような毎日で退屈していたのは事実だ。  初めてクローディアが王宮主催の舞踏会に現れた時、珍妙な未亡人に目を奪われて半分呆れながらも、彼女が新しい風を起こすのではという期待をしていたのも事実だ。 (彼女と一緒にいたら、新しい景色を見られるかもしれない)
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