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幹事の会計を待つ間、私たちは店の前に数人ずつかたまって立っていた。
「実家からだー、ちょっとごめん」
スマホの画面を見たしおちゃんが少し離れて通話を始める。ぼんやり眺めていると、隣に人が立った。
「久しぶり」
「おおっ、秋吉くん」
秋吉くんはさらに背が伸びて、昔より全体的に角ばった印象になっていた。大げさに反応した私を見て、固い表情が少しほどける。
「二次会はカラオケらしいね。行く?」
「ううん。私いま、仕事がトラブってて。明日も休日出勤なんだよねー」
「……そうなんだ」
秋吉くんはごそごそポケットを探り、スマホを取り出した。
「じゃあ、連絡先、交換させてもらってもいい?」
「何で?」
私は秋吉くんに向き直った。一次会では彼を避けていたので、大人になった秋吉くんをちゃんと見るのはこれが初めてだった。
頬にぽつんと浮かぶほくろが目に入った。懐かしい。鼻の形も、くちびるも、優しげな目つきも。あのころ繰り返しなぞるように想っていたパーツの一つ一つが、変わることなくそこにあった。
だからそう。変わったのは、私の方なのだ。すぐ隣に立つ彼を見ても、もう心は動かなかった。
「由花子、お待たせー」
「おう。じゃあ帰ろっか」
バイバイ、秋吉くん。手を振って、私としおちゃんは駅へと歩き出した。しおちゃんがスマホを振って報告する。
「電話、子どもたちからだった。いつ帰ってくるのーだってさ」
「へえ、可愛いじゃん」
「うん。二人とも、ふだんは減らず口ばっかで困ってるんだよね。でも、可愛い。やっぱり可愛いよ。寝顔なんて、すっごくパパに似てて」
そう言って微笑むしおちゃんの笑顔は、相変わらずきらきらしている。成熟して腺を切除した後も、しおちゃんの心の中には西野くんが生きているらしかった。
発恋しなくても、私たちは愛着や思いやりで結ばれることができる。人工授精で私を授かった両親も、発恋で妊娠した秋吉くんの伯母さんやしおちゃんも、我が子へ惜しみない愛を注いでいることに変わりはない。私もいつかそうなるだろう。
けれど、思春期に体験したあの目のくらむような輝きを、私は二度と見なかった。
あれが最初で最後の恋だったなあ。そう思う。
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