発恋

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 それ以降、私は秋吉くんとよく話すようになった。というか、自分で小さな用事をいっぱい作って話しかけた。 「英語でおすすめの参考書とか、ある?」 「その消しゴム、使いやすそうだね。どこのメーカー?」 「体育はバレーとバスケ、どっちが好き?」  あまりのつたなさに、いま思い返すと顔が熱くなる。それでも、反応が返ってくると嬉しくて。高揚感の正体には気づかないまま、そのころの私は秋吉くんのことばかり考えていた。 「由花子」  声をかけられたのは、そんなふわふわした頭で渡り廊下を歩いているときだった。廊下に面した中庭に、しおちゃんがいた。ベンチに座り、西野くんを膝枕している。しおちゃんは笑顔で私を手招きした。 「いいの?」 「うん」  招かれるまま中庭に下りると、足もとで枯れ葉が音を立てた。紅葉は見ごろを過ぎ、周囲の木々がベンチの二人に葉を落としている。私が近づいても、西野くんはしおちゃんの膝の上で目を閉じたままだった。 「久しぶりだね、由花子」 「……だってしおちゃん、話しかけづらいんだもん」 「ふふ、だよね。ごめん。なんかずっと無我夢中で」 「謝ることじゃないって。でもやっぱり、発恋ってすごいんだ」 「うん。すごい。すごく幸せなの」  しおちゃんは笑って下を向く。私もつられて西野くんを見下ろした。顔には血色がなく、胸が規則的に上下する以外はまったく静かな体だった。ふと、西野くんが模写していた昆虫図鑑を思い出す。脱皮したてのセミの、半透明な頼りなさ。 「来週から、学校休むかも」しおちゃんが言った。 「晴くん、体が栄養を受け付けなくなってきてて。最後まで付き添いたいから」 「……そうなんだ」  それしか言えなかった。発恋による行為が男性にとって命取りであることは、みんな知っている。知っていて恋をした二人が哀しかったし、不思議だった。二次性徴が終わって腺を切除すれば、私たちはもう発恋せず人工授精で安全に命をつなぐことができるのに。  私たちの会話が途切れると、西野くんが目をつぶったまま言った。 「……しおり」 「うん?」  なにごとかをつぶやく西野くんに、しおちゃんが愛情に満ちた顔を寄せる。  ああやっぱり、と私は思った。美術室で一緒にお菓子をつまんだ女の子は、もういない。 「私、行くね」  声をかけ、私はその場を離れた。しおちゃんに呼び止められることはなかった。
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