発恋

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 西野くんは年末に亡くなった。みんなの受験に配慮し、お葬式は身内で済まされたという。先生の話を聞きながら、私は空になったままの席を見つめた。  ホームルームが終わると、私は教室を出て階段を上った。渡り廊下を通って第二校舎に移り、そのまま廊下の突き当りへ。引き戸の奥には、水彩絵の具と、糊と、カビ臭い排水溝のにおいがこもっていた。  誰もいない美術室の中央に立つ。目を閉じて耳を澄ませば、いつかの笑い声が聞こえたような気がした。  そして、かすかな足音。  振り返ると秋吉くんが立っていた。 「……何でここにいるの?」 「一人でどっか行くから気になって、付いてきた。飛び降りたりするのかと思ったけど、大丈夫みたいだ。じゃあ」 「えっ、ちょっと待ってよ!」  思わず引き留めてしまった。慌てるようすが面白かったのか、秋吉くんはくすりと笑って近くのスツールに腰かけた。私もつられて腰を下ろす。スツールはひんやりと冷たかった。 「連絡とか、取ってたの」 「しおちゃんと? 最近はあんまり」  つわりがひどいらしくて……と言うと、秋吉くんは黙ってうつむいたが、すぐに顔を上げた。 「おれ、こんなこと言うと誰かを傷つけるかもしれないけど。やっぱり、西野は幸せだったと思う。本能に従って恋をして、子どもが残せたんだから」 「……うん」  西野くんが幸せだったかどうかは、誰にもわからない。けれど秋吉くんは私を慰めるため、あえてそう言ってくれたのだと思った。 「ありがとう、秋吉くん」 「別に……もう帰る?」 「あ、うん!」  私は勢いよくうなずいた。返事の声がはずむのを抑えられない。さっきまで落ち込んでいたのに、身勝手だ……。そう思ったとき、視界の端で何かが閃いた。 「あれ?」  強い光に目がくらむ。思わず目元を押さえるが、目の前で火花が散っているような感覚は消えなかった。 「どうした?」  秋吉くんの声に顔を上げ、私は息をのんだ。  彼の輪郭が美しく眩しく輝いていた。黄昏どきの美術室に白い光があふれ出し、何もかもがキラキラと照らし出されている。胸があぶられたように苦しくなり、吸った息は炎の熱をはらんで吐き出された。 「……好き」  私は理解した。これは恋だ。私は今、発恋している。
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