発恋

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 それは発火に近い感覚だった。私の中に生まれ、ずっと育ててきた気持ちが今、燃えている。ゆっくり立ち上がると、座ったままの秋吉くんを見下ろす形になった。 「ふ、ふ」  苦しいほどの恋しさに、くぐもった声が漏れる。体温が上がり、口の中には唾液があふれた。私がクモかカマキリだったら、今ごろ秋吉くんを威嚇して、飛びかかって、押さえつけていただろう。……しおちゃんも、こんな気持ちで西野くんと向かい合ったのかな。そして西野くんは、喜んでそれを受け入れたのだろうか。  私は一歩前に出た。体じゅうに電気がめぐり、あふれ出しそうな感覚。 「あきよしくん」  秋吉くんははっとしたように立ち上がると、ふらふら後ずさった。みはられた黒い瞳が私から離れない。そのまま後退し続け、引き戸にぶつかった。 「あきよしくん」  名前を呼ぶたびに、好きが大きくなる。すごい。しおちゃんの言ったことは本当だった。秋吉くんは私を見つめたままだ。喉が大きく動く。  秋吉くん。こっちに来て。 「……ごめ、」  彼は弾かれるように動いた。引き戸が勢いよく開かれ、枠にぶつかって大きな音を立てる。反動で戻る戸の隙間から、慌ただしい足音が廊下を遠ざかっていった。  後のことは、よく覚えていない。  気がつけば病院で点滴を受けていた。秋吉くんに拒絶された私はパニックを起こし、駆けつけた先生たちに取り押さえられたらしい。その間にも、私の中ではたった一つの思いが燃え盛っていた。  秋吉くん。好き。  秋吉くんが欲しい。  秋吉くんに受け入れて欲しい。  私の恋は丸一日燃え続け、翌日ようやく消し炭になった。  退院時には両親が迎えに来た。ハイテンションでしゃべりまくる母と、気まずげに黙り込む父。帰宅した私は自分の部屋で少し泣き、夕方まで眠った。夕食にはお赤飯が出た。  そんなことがあった直後に入試を突破できたのは、努力のたまもの……というより意地のなせる(わざ)だったのかもしれない。私は高校生になった。  その春は大勢の同級生が発恋を迎え、恋を実らせた何人かの男子が姿を消した。体の成熟時期と受験ストレスからの解放が重なったことが原因らしい。 「せっかく高校生になったのに、もうすぐ腺も切除できるのに、もったいないよねー」  高校生にもなると、周囲の反応もドライになった。私自身、たまに心が揺れることはあっても、もう我を忘れることはない。  そんなとき、夏の終わりにしおちゃんから写真が届いた。双子の赤ちゃんを抱いた、笑顔の写真。少しやつれていたけれど、しおちゃんは幸せそうだった。
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