第1話「推理を始めよう」

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第1話「推理を始めよう」

 暗がりに光が落ちた。人ひとり分の、小さな明かりだ。無地の白い壁に背を向けた少女の姿が照らし出される。  亜麻色の鹿撃帽を目深に被り、隙間から山吹色の髪が覗く。足元まで覆うインバネスコートの下には伊之泉杜学園指定のワイシャツを着て、サスペンダーでロングパンツを吊り下げていた。右手には煙をくゆらせるパイプを、左手には大きな虫眼鏡を持っている。 「真実はいつでも一つだけだ。さあ、推理を始めよう」  少女はキメ顔でそう言った。虫眼鏡で覗き込んだ先には、不安に満ちた表情を浮かべる少女が2人、片方は大きな猫を抱えている。そしてもう1人、鹿撃帽の少女に向けてライトを向ける、ゴスロリファッションの少女もいた。 「も、もう犯人が分かったんですか?」 「すごい!さすが伊之泉杜学園の名探偵!」 「ふっふっふ。なあに、これしき、初歩的なことだよ」  鹿撃帽のつばを摘みながら少女は笑う。その目には確信の炎が宿っていた。 「犯行当時、現場には2匹の猫がいた。しかし攫われたのは1匹だけだ。このことから、犯人は初めから標的を絞っていたことが分かる。つまりそれは、犯人の狙いすらも推察できることを意味する」 「す、すごい洞察力……!現場を見ただけで犯人の狙いが分かるなんて……!」 「2匹の猫のうち、攫われた1匹は血統書付きの純血種、残された1匹は雑種。もはや語るべくもあるまい。犯人の狙いは、希少な血統を持つ猫を攫い、闇ルートに流して大金を得ることだったのだ!」 「……」  堂々たる断定。誇らしげに胸を張る。しかし聴衆は冷めていた。猫を抱えていない方が、遠慮がちに手を挙げた。 「あ、あのう。うちのコールは別に純血でもなければ血統書もついてないですけど……」 「なにっ……違うのか?」 「なんかすみません」 「そ、そうか。いや、そういうこともある。気に病むことはないぞ」 「はあ……」  なぜ自分がフォローされた感じになっているか、手を挙げた少女は小首をかしげるが、それ以上は追及しない。鹿撃帽の少女はすぐさま推理を修正する。 「失礼。どうやら第二の推理を採用すべきのようだ」 「真実はひとつだったのでは……」 「……金が目的でないとなると考えられる可能性は一つ。犯人は、コールちゃんを攫うほかなかったのだ」 「と、言うと?」  気のせいだろうか、いくつかの言葉を無視されたように思えたが、聴衆は推理の続きを聞くことを優先する。自信満々に意味深な言い回しをされると、その先が気になってしまう。 「コールちゃんには、他の猫にはない唯一無二の特徴があった。そうだね?」 「は、はい!」 「コールちゃんは、手を、あ〜、こう、このように体の下に折り曲げて座ったときに、この、ここんところに……」 「香箱座りです」 「そう。コーバコズワリをしたとき、胸の辺りにハートマークが浮かび上がるのだ。これは彼女の特別な毛並みによるものだ」 「コールは男の子ですよ」 「……要するに、彼は胸にハートを抱く特別な猫──いわば愛の猫だったのだ!」 「言い直した!間違いはすぐに正す姿勢!謙虚ですね!」  香箱座りの名前が出てこず実演しようとしたり、教えられても発音が覚束なかったり、披露すればするほど推理の粗が目立ち始めた。それでもなお、推理は続けられる。 「これともう一つ、現場の周辺に咲いていた花の花びらが散っていたことに、君たちは気付いていただろうか?これも真実を導く重要な証拠だ」 「花びらがですかあ?」 「ハートマークを持つ猫、そして花びらだけが散った花……これらに共通するのはたった一つ。すなわち、『恋愛』だ!」 「あっ……!ああっ!」 「現場の花は、おそらく犯人が花占いをして自らの恋の行く末を占ったのだろう。しかし残念ながら、それは上手くいかなかった。  悩んだ犯人はふと、キャリーケージに入ったコール君の胸元にハートマークを見つける。これは恋愛成就のご利益があるに違いない!そう感じた犯人は、すぐさまキャリーケージを破り、コール君を連れ去った!  すべてはそう!自らの恋を叶えるため!」 「おおおっ!」 「お、おお……?」  聴衆の反応は見事に二分された。抱えた猫を落としそうになるほど興奮する者と、なんとか納得しようとするも疑念が隠し切れない者。ゴスロリの少女は、変わらず寡黙な照明係に徹する。勢いづいてきた鹿撃帽の少女はさらに捲し立てる。 「すなわち猫を攫った犯人は、叶わぬ恋に焦がれるいじらしき少女であると同時に、わが身可愛さに目の前の猫に手を出してしまった哀れな少女でもある!」 「すげーっ!」 「いや、あの……見た目で分かる手掛かりとかは……?」 「心配無用。私には既に、犯人が分かっている」 「マ、マジで!?誰ですか!?」 「現場周辺は花が散っている一方、芝生はほとんど潰れていなかった。また、キャリーケージは地面に置かれていた。このことから、犯人は芝生を踏んでも潰さないほど体重が軽く、また背が低い人物であることが分かる」 「ふんふん!」 「そして何よりキャリーケージを切り裂いた刃物!普通の人間が刃物など持ち歩いているはずがない。私のような探偵でもない限りね!」 「え?じゃあ犯人は……」 「いやいや、私は違うよ。なぜなら私は、すこぶる動物に好かれない!猫など抱えようものなら顔中ひっかき傷だらけになってしまうよ!ハッハッハ!はあ……」 「可哀想に」 「落ち込むなら自分で言わなきゃいいのにね」 「まあとにかく、探偵というものは日頃から危険に備える必要がある。名探偵を名乗るからには刃物を携帯していてもおかしくないということだ。  すなわち、この学園で自分を名探偵などと嘯いて、何らかの手で新聞部を買収し偽りの名声を誇り、私が得るべき称賛を掠め取っているあのいけ好かない偽物野郎に違いない……!」 「なんか私怨が混じってません……?」  ひとしきり推理を披露すると、ゴスロリ少女はライトを消し、部屋の明かりを点けた。鹿撃帽の少女はコートを翻し、部屋の扉に手をかけて叫ぶ。 「さあ行くぞ!真の名探偵が誰なのか分からせてやる!首を洗って待っているがいい!牟児津(むじつ) 真白(ましろ)!」
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