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ボサボサの髪の頭を掻きながら、ポテチをつまみカレンダーをじっとみつめる。なるほど、ニオイの日か。
ペロリと口のまわりを舐めて、指先も舐め、ニヤリとする。
のり塩完食。
さてと、どうしよう。
空になったポテチの袋をみつめて鼻先を近づけてみた。のり塩のニオイだと余韻に浸る。美味かったな、これ。
今日の美味しいニオイいただき。
さてさて、今日はどんな一日になるだろうか。最高だったと言える一日にしたい。のり塩の幸せのニオイを嗅げたんだからいい一日になるだろう。そうでなきゃ。
よし、ニオイ満喫デーの始まりだ。ワクワクドキドキ、ニオイの冒険譚ってか。って、僕はいったい何を考えているんだろう。ニオイを嗅ぎまわる自分の姿を想像してニヤリとした。
変態だ。そう、変態まっしぐらだ。
何を言っている。今始まったことじゃない。これが僕だ。誰になんと言われようと変えるつもりはない。カレンダーに今日は『ニオイの日』って書いてあるんだからしょうがないじゃないか。
僕はカレンダーに書かれた何の日かによって、その日の行動を決めている。そんな面白い人生を送っている。これこそ、カレンダー人生と言えよう。
おっ、早速ニオイゲットのチャンス到来。第一、ニオイ発見。いや、第二、ニオイか。
「ニャ―」
我が家の愛猫パンだ。
じっとみつめてくるパンに「おはよう」と声をかけてしゃがみ込み、パンの身体に顔を埋める。
陽だまりのニオイだ。いいね、いいね。
「パン、ナイス」
親指を立てて、口角をあげる。しきりに毛繕いをするパンに申し訳なさを感じた。いやいや、ここで引いてなるものか。肉球のニオイを嗅げ。
パンの肉球に鼻先を近づけてニオイを嗅いでみた。これはなんて言っていいんだろう。言葉が出てこない。無味無臭ではない。いったい何のニオイだ。よくわからない。
ポップコーンのニオイがするなんて話す人もいるが、パンの肉球は違う。
もう一度。
「いてぇ」
やられた。鼻の頭を引っ掻かれた。
「ごめんな、パン」
ティッシュで鼻の頭を押さえて絆創膏を探す。パンは何も悪くない。肉球のニオイを嗅ごうとした僕が悪い。機嫌を損ねてしまった。
鏡に映る血の滲んだ鼻の頭を見つつ、絆創膏を貼る。マヌケな顔だ。情けない。
今日が休みでよかった。出社して鼻の頭に貼った絆創膏を見たらどう思うだろう。そのときは正直に猫に引っ掻かれたと言えば済む話か。別に気にすることはない。いや、マスクで隠れるか。バレることはない。新種の病原菌にはさっさと退散してもらいたいが、マスクが普通になっている今に感謝するべきか。
ブルッと身体を震わせて、吐息を漏らす。最高の一日になるはずだったのに、心も身体も寒い。
暖房もつけずにいる僕がいけない。起きてすぐにカレンダーを眺めている僕がいけない。本当にアホだ。
よし、ストーブをつけよう。
あっ、『灯油が少ないですよ』の赤表示が出ている。待てよ、これは灯油のニオイゲットチャンスか。
ふっ、僕は本当に馬鹿野郎だ。ニオイフェチでもないのにニオイに執着するとは。いや、違う。執着しているのはカレンダーに書かれた何の日の項目だ。それがマイルールだ。僕が決めたささやかな楽しみだ。今日がニオイの日だから今日だけニオイにこだわっているだけだ。自然と頬が緩み、心が弾む。僕はどうやら変態確定らしい。
パンも冷たい視線でこっちを見てやがる。あっ、寝ちまった。まあいい。ストーブであたたまろう。
満タンになったことを確認し、ストーブにセット。
よし行くぞ。点火。
いいね、いいね。この燃え始めたときのニオイもなかなかいいもんだ。ホッとする。
ホッとしたら腹が減ってきた。ポテチだけじゃやっぱり足らない。
コンビニでも行って何か買ってこよう。どうせ、冷蔵庫には腹を満たすようなものは何もない。
新たな美味いもののニオイをゲットしてこようじゃないか。
想像しただけで、幸せなニオイが香ってきそうだ。もしかして、これはニオイセンサー発動か。って僕は機械じゃない。馬鹿も休み休み言え。
くぅーと腹の虫が鳴り、腹に向かって「わかった、わかった。早く行こう」と返事をしたところで赤く照り付けるストーブに目が留まる。つけたばかりで消すのか。もったいない。じゃどうする。誰もいない部屋でつけっぱなしはもっともったいない。
そうだ、消したときのニオイを嗅げるじゃないか。そうそう、そのために点火したと思えばもったいないということはない。
まったく、とことんおかしな奴だな僕は。なんだか笑えてくる。狂気じみている。ここまでニオイに執着するのか。
こんなマイルールをしていて、本当にいいことがあるんだか。ないだろうな。どんどん孤立していくんじゃないのか。ひとりぼっちは寂しいぞ。
まあいい。何かいいことがあると信じて出かけよう。腹が減っては戦ができぬというじゃないか。
いざ、コンビニへ。腹を満たしてニオイもゲット。一石二鳥だ。
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