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懐かしい。思い出してしまった。
僕は彼女と出会ったあの日を境にカレンダー人生をやめた。やめることなんてありえないと思っていた習慣に終止符を打つだなんて、どれだけ彼女が特別だったのか。
そうなんだ、彼女は僕にとって特別で大切な人。だからこそ、僕は涼子との交際と引き換えに変な習慣の最後の日にした。
「パパ、どうしたの? カレンダーみつめて」
「んっ、なんでもないよ。愛海」
思い出していただけだ。カレンダーの二月一日に記された『ニオイの日』にもう一度目を向け、視線をずらす。
その隣にある二月二日も大切な日だとにんまりした。『夫婦の日』であり、『結婚記念日』でもある。それが今日だ。
もしかしたら暗示をしていたのかもしれない。涼子との結婚を。きっと、僕は彼女と出会い愛するためにカレンダー人生を送っていたのかもしれない。
「ねぇ、ねぇ、パパ。早く食べようよ。ごはん冷めちゃうよ。アツアツで美味しそうな良いニオイしているんだからさ」
良いニオイか。まさにニオイの日にぴったりだ。あっ、ニオイの日は昨日か。 まったく僕ときたら。あの日、最後の日にしただろう。変な習慣は。やっぱり僕はアホだ。
愛海に袖を引っ張られて席につくと、何とも言えない素敵なニオイで食欲が湧いてくる。
「美味しそうなニオイだ」
「でしょ。結婚記念日の特別料理なんだから当然よ」
「あっ、そうだ。僕からプレゼント」
バラの花束を涼子に渡すと、満面の笑みで受け取り花に顔を埋めていた。なんか可愛い。
「バラのニオイ、私好き。けどね、あなたのニオイも私は好き」
「えっ、僕のニオイ?」
「そうよ、私、あなたのニオイが気に入ってあの日、付き合おうって決めたんだから」
えっ、涼子も同じだったのか。似たもの夫婦ってことか。ニオイで決めるだなんて、僕たちはアホ夫婦ってか。
「愛海もママとパパのニオイ、だーいすき」
僕は涼子と顔を見合わせて、くすりと笑った。もしかしたら、あの日、最後の日にしなくてもよかったのかもしれない。いや、それはちょっと違うか。
「ママもパパも冷めちゃうよ。早く食べないとまずくなっちゃうよ」
「そうね。あなた食べましょ」
僕は涼子と目を合わせ頷くと箸を持った。
「いただきます」
(完)
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