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「いいかね、諸君。あの場所は善人も、悪人も、如何なる者も歓迎しない」
だから塔には決して近づかないこと、とルーエ先生は黒板に記した。
教室から見える廃塔の影法師は、夕暮れと共に村へ落つ。
「塔の天辺に祭壇? 貴方の頭は秕の実でしょうか。学校へ行かせずに、毎日お屋敷の窓を磨かせる方がよっぽど有意義でしょう」
偏屈執事のナタカさんは僕の襟ぐりを掴んだ。出鱈目をお嬢様に吹き込んでみろ。その空っぽな頭をサカウエみたくかち割っちまうぞ――と言い添えて。
それでも心惹かれる。
闇の果てを射抜く、魅惑的な建造物。
最上階から泥水が湧くと噂の、謎の遺跡。
夜になると塔は鳴く。
「あれは牢に封じられたヌェの声さ……耳を耳を傾けちゃあいけない。ユジー……」
庭師のモンダ爺は、伸び放題の夜椿を切る手を止めて僕に教えた。
あの声は、彼だったのだ。
数世紀前までは地続きで一つの国〈ニツホン〉だった湿地帯。文明が滅びたのちに寄せ集めの人々で形成された集落が、このチグサ村。そんな村の嫌われ者、暴虐非道、残忍酷薄、人面獣心の悪餓鬼。僕と同じ天涯孤独の貧しい少年だという――サカウエ。
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