お屋敷の娘の章

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お屋敷の娘の章

「私の頃には〈古代トオキオ〉と呼ばれていましたけど」 「トオキオは旧首都の名称だって習ったな」 「へえ。では貴方は旧首都跡地にあるチグサ村の出身なのですね?」 「うん。だけど生まれは別なんだ」 「私もですよ。物心ついたときには、南方で(どろ)()工夫(こうふ)として働かされていました」 「僕と同じだ!」  偶然の一致に興奮し飛び跳ねそうになり、思い留まった。小舟が転覆しては大変だ。  相変わらず隠れたままでサカウエはぺらぺらと喋る。怪我の痛みも和らいで、僕らはすっかり友達みたいだ。 「君は噂程の悪人ではなさそうだ。大人達が意に沿わないもの全部に〈劣悪〉のレッテルを貼るのは、現代(いま)も昔も同じなんだね。ナタカさんは、物を失くしたらいつも僕のせいにするんだ」 「至極真っ当な意見に御座います。もしよろしければ、祭壇に参拝する前に少々話し相手になってはいただけませんか? ほら、ゆっくりこちらへ」 「どっち?」と声を探すが、水面は何の影も映さない。 「鳥居の近くです」  それは丁度良かった。目指す祭壇も鳥居の方角にあると聞いている。  僕はふたたび舟を漕ぎ始めた。どこからともなく湧き出る泥は最上階すべてを水没させただけでなく、階段を伝って侵入者を阻む。僕がここに到着したら水の流れはピタリと止まった。奇妙な仕掛けだ。 「――それでね、泥掻き中に底なし沼に埋まっている女の子を見つけて助けたら、なんとチグサ家のお嬢様だったんだよ。それで褒美にお嬢様専属の使用人として雇って貰えたってワケ」 「そりゃあ幸運でしたね。しかし貴方がいなくなって今頃、(あるじ)は心配なさっているのでは?」 「ううん、大丈夫。だって僕……」と言いかけたとき、下の方からカツン、カツン、と杖の音が聞こえた。  まさか、と慌てて舟を寄せ、階下を覗き込む。 「ウイ様!? まだ来ちゃ駄目です! 道順の下調べが終わっていませんから僕が戻るまで待っていてください!」  人影は遥か遠いが、足音は止まらない。待ちきれずに僕の記した目印を追って来ているのだろう。  ――あー、もう。あのお嬢様はいつも一人で突っ走るんだから! 「成程。ご一緒に来られたのですね。彼女、他の子供とは(すこ)うし違うようですが」 「……違わないよ。ウイ様は、ほんのちょっと、目が悪いだけ」  そうだ。お可哀想なウイ様。  幼い頃に熱病にさえ罹らなければ、あともう一時間早く医者が着いていれば、今頃、薄汚れた使用人(ユジー)ではなく、輝く衣服を纏った誰かの手を取っていられただろうに。
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