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廉二郎が、8歳まで生き延びられたのは、祖父、栄達の力が大きかった。
豊が死んだと聞き、亡き妻の実家に居た栄達は、一族の里に戻って来て
息子と住み始め、一番奥の部屋で、廉二郎と一緒に寝起きする様になった。
栄達は、食事を、何よりも大切にしていて、自ら台所に立つ事も有った。
体に良い物、美味しい物を作らせては、廉二郎と共に食べる。
この食事で、体造りが出来たので、父のしごきにも堪えられたのだ。
そして、あまりにも酷い時は「もう、その位にしておけ」と、栄達は言う。
さしもの一成も、父の言葉には逆らえない。
何とか、息の有る廉二郎を、栄達は抱いて自分の部屋に連れて帰り
優しく手当てをしてやる「爺様、、」助かったと、子供心にも、感謝する。
もし、栄達がいなかったら、廉二郎も、兄の様に、死んでいたに違いない。
だが、一成は言うだろう「これしきの事で死ぬような、柔な奴は
裏藤家の跡取りでは無い」と、そんな男だった。
後妻に迎えた須美は、何事にも負けるのが嫌いと言う、勝気な女だった。
直ぐに産んだ子供は、男の子だったので、その子を、跡取りにしたいと
廉二郎には、冷たかったが、廉二郎は、そんな事に、気付く事さえなかった。
ある夜、廉二郎が厠へ行き、戻って来ると、何やら変な声が聞こえて来た。
そこは、両親の部屋だった「何事か?」と、部屋の障子を開けて見た。
その部屋の、隣の部屋、両親の寝所から、その声は聞こえ
障子に、髪を振り乱した女の影が映り
「須美、もう駄目だ」と、父の呻くような声がする。
「なにを、、まだまだっ、、」須美の声が、父を叱咤する。
「あ、あ、も、もう、、」父の絶叫と、その父の上に馬乗りになって
激しく腰を振る、須美の狂ったような姿。
廉二郎は、震える手で、障子を閉めた。
あの、鬼の様な、いや完全に鬼だと思っている父を
あそこまで苦しめるとは、、、須美は、人の姿をしているが
妖怪では無いか、8歳の廉二郎は、そう思った。
それまでも、あまり接点は無かったが、それからの廉二郎は
須美の姿を見るだけで、逃げて行った。
大きくなって、そんな馬鹿な事は無いと、知ってからも
やはり、須美は苦手だった。
須美は、廉二郎どころか、栄達にさえ、冷たい視線を向けていた。
そして、新三郎は、体が弱いからと、一成のしごきを、受けさせなかった。
一成も、跡取りは廉二郎が居るからと、新三郎への剣術の指南も
ゆるゆるだった。
きっと、須美の機嫌を損ねると、また、寝床で虐められるからだ。
あの父を、意のままにするとは、妖怪で無くても、須美は怖い
廉二郎は、そう思っていた。
そんな廉二郎には、相も変わらず、最高の殺しのテクニックが
叩き込まれていたし、ちょっと気を抜く場所に居ると、矢が飛んで来たり
槍で、突き差されそうになったり、毒入りの飯が有ったりと、気が抜けない。
「この三つの椀の中の、どれが、毒入りでは無いか?」と聞かれ
「これ」と言うと「では、それを食べろ」と、言われる。
毒が入っていなければ、それまでだが、見抜けなくて、毒入りを食べると
苦しみ、のたうち回って、数日、毒が消えるのを待たなくてはいけない。
死にそうになっている廉二郎に、須美と新三郎の楽し気な笑い声が聞こえる。
「くそっ」廉二郎は、物心ついてから、一度も笑った事など無かった。
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