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黙示録─前編
闇祓い──
陰気臭い呼称だが、そう呼ばれるのにもすっかり慣れた。
教皇庁に在籍する同業者も、大半が殉職もしくは退役し、残っているのは俺ひとりだ。
一応、それらしき司祭は各地に散らばっている。
建前上、枢機卿が配備した連中だ。
だが、真の意味の闇祓いでは無い。
祈祷はできるが、祓う事ができないからだ。
聖書の文言を並べ、聖水を振り掛けたくらいで、邪悪な奴らは退散しない。
その事をよく知っている俺は、自分なりのやり方で奴らと対峙する。
おかげで現在に至るまで、職務遂行できている。
神の加護だと司教らは言うが、それは違う。
俺が護られているのでは無い。
俺が護ってやっているのだ。
どういう事かって?
今に分かる。
************
細い街路を抜けると、立派な造りの洋館が見えてきた。
今回の依頼主の家だ。
防衛省の高官である依頼主は、プライベートでの厄介事を教皇庁に相談し、俺にお鉢が回ってきた。
依頼先がカトリックの総本山とくれば、厄介事の内容も大方想像がつくってもんだ。
ギィェェェェェーっ!!
ほらな。
厄介事が喚いてやがる。
館内から響き渡る叫び声に、俺は皮肉な笑みを浮かべた。
肉食獣の咆哮にも似たそれは、聴く者を震撼させるに足る威圧感を放っている。
常人なら思わず足が竦むところだが、俺は平然とした顔で呼び鈴を鳴らした。
やがて重たそうな門戸が開き、執事らしき老人が顔を覗かせる。
皺くちゃの顔が、真っ青だ。
「教皇庁から来ました」
俺が名乗ると、見る間に老執事の表情が変わった。
神にでも出会ったかのように目を見開き、大粒の涙をこぼし始める。
俺は黙って待つ事にした。
執事は指で目頭を押さえると、失礼しましたと頭を下げ、俺を招き入れた。
大聖堂の講堂ほどもある広間を抜け、そのまま階段を上がる。
廊下を進むにつれ老人の足取りが乱れるのは、年齢のせいばかりでは無さそうだ。
最奥の部屋の前で、執事は足を止めた。
「神父様が来られました」
震える声で告げると、カタッと小さな音がした。
それが合図であるかのように、執事が扉を開ける。
俺は戸口で室内を一瞥した。
まず目を引いたのは、部屋の暗さだ。
昼間だというのにカーテンは閉め切られ、小さなランプが一つ、申し訳無さそうに灯っている。
巨大な書棚が四方の壁を塞ぎ、漆黒のカーテンと共に室内の暗さを一層際立たせていた。
一歩踏み入ると、体感温度が一気に変わった。
冷房器具も無いのに、どこからか冷気が漂ってくる。
心なしか、吐く息が白く感じられた。
失礼しますと言って、執事が扉を閉じる。
俺は、部屋の中央に横たわるベッドに目を向けた。
弱々しい息づかいが聴こえる。
ここの主のようだ。
「……神父様……よくぞおいで下さいました」
蚊の鳴くような声で、その男は言った。
防衛省のエリートで、開発部門の責任者と聴いている。
現在、国が総力をあげている広域防衛システムを開発したのが、この人物だ。
外敵から撃ち込まれる弾頭を、着弾前に軌道変更してしまう優れものだ。
こいつがあれば大陸間弾道弾を始め、あらゆる飛翔兵器を無効化できる。
経済大国であるこの国が持つ事で、他国への牽制となり、ひいては国際紛争の鎮静化にも繋がる。
早い話が、戦争の脅威が抑制できる訳だ。
この若さで、大したもんだ。
年齢は確か、まだ三十代のはずだが……
俺は教皇庁からの情報を反芻しながら、主の顔を見つめ直した。
青白く生気の無い顔は、細かい皺で覆われている。
年齢にそぐわない白髪は、心労によるものだとすぐに分かった。
布団から覗く手は痩せ細り、黒い血管が浮き出ている。
恐らく、全身がこんな状態なのだろう。
「神父様……どうか……お助け……下さい……」
途切れ途切れの言葉で懇願する主。
息をするのも辛そうだった。
「話は聞いております」
暗く澱んだ瞳を見返しながら、俺は頷いてみせた。
「今から、アナタの中の悪魔を祓います」
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