(3)接客は丁寧に

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(3)接客は丁寧に

 店で働くことになったディランだが、ルビーとは喧嘩ばかりだ。今日もディランは、客から隠れるように店の奥で床の掃除をしていた。もともと騎士というだけあり、覚えはいい。切り花が長持ちするように下処理をするのも上手いし、体力があるので花や水を運ぶのもとても手早い。正直助かっている面だって大いにある。  とはいえ、花屋というものは花の相手だけをしていればよいわけではない。何よりもまず、お客さまに満足していただかなければならないのだ。 「ちょっと、ディラン。うちで働くと決めたのなら、もうちょっと愛想よくしてくれないかしら?」 「なぜ俺が、番以外の化粧くさい女たちに愛想を振りまかねばならない」 「鼻が詰まっているから、化粧くさいとかわからないくせに」 「あの男に媚びる仕草、見ているだけでうんざりする」 「頼むから、絶対にお客さんの前でそれは言わないでちょうだい」  ディランは女性客には、事前情報通りの塩対応だ。「氷の騎士」という二つ名はだてではないらしい。ちなみに女性陣は、冷たいディランの対応を、それがまたたまらないと受け入れている。勝手に熱を上げて、ルビーに八つ当たりしてくる客がいないことだけは幸いである。 (お義父さんのお店、昔から変なひとって滅多に来ないのよね。たまに現れても、二度目はないし……。客層がいいのは、お義父さんの人柄なのかな。……まあ一番の変人というか、迷惑客が手伝いと称してここに居座っているわけなんだけど)  とはいえ、その状態にあぐらをかいていいはずがない。そもそもこの男を一時的に雇うにあたって、ルビーから条件を出している。それはしっかり守ってもらわなくては。 「ねえ、この店で働くにあたって出した条件を覚えている?」 「人間について学んでほしい、だったか?」 「そうよ。今のあなたはその約束をすでに守れていない」 「番以外の女性の応対をすることが、その約束と一体なんの関係が?」 「誰もが自分目当てで来店しているっていう考え方、いい加減に捨てた方がいいわよ」  腰に手を当てながら、ルビーは仕方なく説明する。 「あなたがテキトーな接客をするのは、店としても見過ごせないわ。あなたにとってこのお店での手伝いは、嗅覚を取り戻すまでの腰掛けかもしれない。でもこのお店に来てくれるひとにとっては、その1回の買い物が特別なものかもしれないの」  誕生日や結婚記念日、プロポーズや喧嘩の仲直り。いろんな理由で花を買い求めに来るひとたちがいる。このお店は常連客も多いけれど、特別な日に勇気を持って来店しているひとたちだってたくさんいるのだ。ディランの接客で、花を買いたいという気持ちをなくさせてどうするのか。幸せを届けるはずのルビーたちが、そんなことをしていいはずがない。  意表を突かれたように、ディランが瞬きをする。あともうひと押しか。ルビーは、切り札を取り出した。 「それに今のあなたは、匂いがわからないんでしょ。だったら、あなたが嫌う女性客たちの中に、番がいるかもしれないじゃないの。あんまり冷たくあしらっていたら、嗅覚が戻った時に告白しても受け入れてもらえないわよ」 「そ、そんなまさか! 番は絶対だ。番に出会えることがどれだけ幸せなことなのか、人間にはわからないのか」 「悪いけど、わからないわ。それはあなたたちの都合でしょ。私たち人間には、運命も番も存在しないの。少しずつ信頼関係を積み重ねていくしかないのよ」 (まあ一部、人間でも運命だとか一目惚れとか言うひともいるみたいたけど。それは除外しておいたほうが話がややこしくならなくていいわね)  相手が自分の番であることがわかるのは、獣人だけ。だから人間が番であった場合には、求婚を受け入れてもらえないこともあるし、相手がすでに結婚していることだってある。それは昔から言われていることなのに、やはりこの男はそんなことを欠片も想像していなかったらしい。 「それでも、俺を受け入れてくれる可能性はあるだろう」 「そりゃあ、相手がよっぽど今の環境に不満を持っていれば別かもしれないけれど」 「そんなに悪条件なのか、俺は?」  信じられないと言いたげに驚く男に、ルビーはため息をもらした。きっとこの男は、隣国でも女に追いかけられたことしかないのだろう。  どうして神さまは、獣人の番の相手を同じ種族に固定しないのだろう。相手の心情を理解できない状態で、他種族の番を見つけたところで幸せになれるはずもないのに。ルビーは頭痛がしてきた。 (神さまの失敗の尻拭いを、どうして私がしなくちゃならないのかしら) 「少なくとも、私から見たあなたは厄介ごとしか持ってきてないわ。いきなり店に押しかけてブチ切れる、店の中で倒れる、自国に帰らないと騒ぐ、条件を守って働くと言った割にお客さんには塩対応。雪豹じゃなくて、猫なんじゃないの。はあ、猫だったら可愛いがお仕事なのもわかるけれど、猫だって愛想くらい振りまくのよ。愛想もないなら、あなたの代わりにそこらへんの野良猫に店番をしてもらった方がまだマシだわ」 「猫と同列に扱うなど、なんたる侮辱」 「うるさいわねえ。一緒にされるのが嫌だったら、きりきり働く。今のままじゃ、猫の方があなたと一緒にされるのを嫌がるわ。ほら、またあなた目当てのご新規さんみたいね。はい、仕事よ、行った行った」 「なんという女だ……」  ショックを受けつつもふらふらと店先に向かうディラン。今さらながらに、獣人と人間の違いに驚いているらしい。いつものつんけんとした近寄りがたい雰囲気とは異なるディランの姿を女性陣が心配そうに見つめている。どんな対応であろうと、結局のところイケメン無罪ということなのだろう。 (まったく、お義父さんのおかげで一時的に嗅覚を失ってちょうどよかったかもしれないわね。あの常識のズレっぷりじゃ、番の女性に求婚しても刀傷沙汰しか起きなそうだわ)  いっそディランの相手は、男性の見た目とスペックだけを重要視するタイプの方が幸せなのかもしれなかった。
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