(1)出会いは最悪

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(1)出会いは最悪

「どうか俺のことを、受け入れて欲しい」  熱のこもった熱い瞳で愛の告白を行う美貌の男。ルビーは顔をひきつらせ、ただ静かに睨みつける。 (どれだけ努力したところで、結局は本能に勝てないのね)  公衆の面前で始まった求婚劇を、彼女は冷めた瞳で見つめていた。  *** 「どういうことか説明してもらいたい。一体俺に何をした。ことと次第によっては、訴えさせてもらおう」  ルビーは突然店に殴り込みをかけてきた男を前に、呆然と固まってしまった。今はちょうど謝肉祭。花屋の稼ぎどきということもあり、大量の花を抱えたまま目を丸くする。  唐突な文句にも驚いていたが、まずもって男の格好そのものが怪しすぎた。引きずるように長く黒い外套を羽織った上、フードで顔を完全に覆い隠していたのだから。こんな出で立ちで、よくもまあ街を出歩けたものだと逆に感心してしまう。 「突然言いがかりをつけるなんて、何を考えているんですか?」 「俺の嗅覚が、この街に入ってから少しずつ弱くなった。違和感を感じながら歩いていると、この店の前で完全に消失したんだ。何もしていないとは言わせない」 「うちはただの花屋ですよ。宮廷魔道士ならともかく、一介の花屋にそんな不思議なことができるとお思いで?」  ルビーの返答に、男が小さく舌打ちをした。鬱陶しくなったのだろう、フードを上げればそこから現れ出たのはきらめくような美青年。流れる艶やかな銀髪と、青灰色の瞳はきっとひとの目をひくに違いない。  そしてさらに特筆すべきなのは、男の頭の上にある丸っこい二つの耳。淡い灰色の毛に黒色の斑点。横を向いているのは警戒しているからだろうか。きっと長い外套の下では、不機嫌そうにぱたぱたと長い尻尾を揺らしていることだろう。 (ああ、()()()()()()())  ルビーは呆れてため息をついた。男の言い分は完全な言いがかりだが、この男が獣人だというのであれば、激昂する理由など簡単に想像できたのだ。  この街にほとんど獣人は住んでいないから、この男はおそらく隣国からやってきたのだろう。入国許可を出したであろう知り合いの門番を脳内でどつき回しながら、肩をすくめた。 「はあ、面倒くさい」 「なんだと?」 「だって面倒なのは面倒なんだもの。仕方ないじゃない」  この男が言うように「嗅覚」が失われたことも怒りの原因のひとつではあるだろう。獣人たちは人間にはない彼ら自身の特性に非常に誇りを持っている。だからこそ、自身の特性を貶められたりすることがあれば、相手を殺す勢いで雪辱を果たそうとするのだ。  とはいえ、おそらくこれはあくまで表向きの理由。きっと本当の理由は。 「どうせ、番の匂いでも見失ったんでしょ。何を考えているか知らないけれど、ここはあなたたちの国ではないの。番関連で問題を起こしたら、即刻国外退去って入国のときに説明を受けなかったのかしら? わかったなら、さっさとお引き取りいただける?」 「やはり、番の匂いを見失った原因はあなただったのか!」 「だから知りませんってば」  話の通じなさに苛つきつつ、ルビーが外を見やる。人情味あふれるこの街の人間のことだ。いちいちルビーが助けを求めなくても通報の100や200くらい、警らにも届いているだろう。謝肉祭だからと、こんな不審者を放置するような浮かれとんちきではないはずだ……たぶん。 「ルビーちゃん、騒がしいね。一体、どうしたの?」 「お義父さん!」  警らが来るよりも早く、鮮やかな赤毛をなびかせて登場したのは、ルビーの義父だ。ちょっと困ったような顔で、両手にフラスコを持ったまま店の奥にある研究室からやってきた。慌ててルビーは義父の元に駆け寄る。もちろんその背に隠れるためではない。義父をルビーの背に隠すためである。 「わ、ちょっ、どうしたの。僕は男なんだから、むしろルビーちゃんは、僕の後ろに……」 「もう、お義父さん! お義父さんに何かあったら、お母さんが泣くでしょ。やっと再婚して幸せを掴んだのに。こんなに綺麗で小柄なんだから、お義父さんの方こそ下がってて。大丈夫、私が守るからね!」 「あの、ルビーちゃん、僕は確かにちょっと小柄かもしれないけれど子どもじゃないんだよ?」 「いいから、お義父さんは黙ってて」 「待て。そこの男の顔、見覚えが……」 「お義父さんに手を出すのはやめてって言ってるじゃない!」 「ちょっと、ふたりとも一旦落ち着いて。って、そんな急に腕を掴まれたら、わああああああああ」  訝しげな顔をして、男が義父の手首を掴む。うっかりバランスを崩した義父は、フラスコの中身を男にぶちまけた。かと思うと、男が床でのたうちまわり始める。 「え、お義父さん、このひとに何をかけたの! なんか赤くて、ぱっと見からしてすでにヤバそうな色だったけど」 「えーと、メリッサさんに頼まれて、体に優しい農薬を作っていたんだよ。お水と唐辛子が主成分だから、死ぬことはないと思うんだけど……」 「お母さん、虫を一網打尽にする気満々だね」 「ぐああああ」  もがき苦しむ男の声をBGMにしながら、義理の父娘はまったりとした会話を続ける。 「暴漢撃退にいいかも。ねえこれ、売れるかしら」 「ルビーちゃんの商魂たくましいところ、僕はとっても好きだよ」 「えへへへ、ありがとう」 「目が! 目が!」  意外としたたかなルビーとのんびりとした義父の足元で、哀れな男のブレイクダンスはしばらく続いた。
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