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幸ちゃん
私のお友達の幸ちゃんは、とんでもない美少女だった。
お家が隣り合わせでもなければ、幼稚園が一緒でもない。
毎日夕方に公園で一緒に遊んでいたくらいだが、いつも彼女と一緒だった。
大好きな幸ちゃん。
小さくて、細くて。金の髪の毛がキラキラ輝いて、まるで天使みたいだった。「大好きだよ」と伝えれば、「蘭ちゃん大好き」と返してくれる。
この時は私だけの天使を手に入れたような気持ちになって、何とも言えない独占欲が満たされた気持ちになっていた。
幼心ながら、私だけの大切なものを手に入れた幸福感を感じていたのだ。
幸ちゃんは親の仕事の都合で海外に行くことになった。それは突然で、何の前触れもなくやってきた。
顔を合わせれば大好きと言い合っていたのに、この日からぽっかりと私の心に穴が空いたようだった。
目を閉じると、瞼の裏で微笑む天使は、未だ歳を取らない。暗闇の中に置き去りになった幸ちゃんは幼いままだ。人は大事な人を失うとまず声から忘れていくと言うが、その通りだった。
声を失った天使は、未だ瞼の中で笑っている。
待てど暮らせど連絡はない。とうとう20年が過ぎた25歳の誕生日の日。私もすっかり歳をとってあっという間に大人の仲間入りを果たした。
税金と追いかけっこをして、日々美味しいものを探してはコンビニを周回する毎日。
うん。十分に大人である。
夢見た大人かと言われれば、全然違う気もするが、絶望するほどじゃなかった。
もう今日からアラサーか......と寂しい気持ちと共にズボッと一本、蝋燭を白いクリームの海に突き立てる。頭の中で、意地汚くも蝋燭についたクリームは後から舐めようなんて算段を立てて、マッチを擦った。一人暮らしの部屋でそのか弱い揺めきを吹き消せば、しゅぽっと音を立てて孤独の火が胸に灯る。くたびれた体には威力は十分だ。
ケーキを食べるか。と、フォークを赤いイチゴに突き刺せば、ピンポンと軽い音が部屋に響いた。
「こんな時間に誰だろう......」
時刻は夜の21時。
宅配も来なければ、苦情が来るような騒ぎも起こしていない。インターホンを恐る恐る覗くと、そこにはサラリと靡く金の髪の毛。
「え!ええ!?この色、もしかして幸ちゃん!?」
うそうそ!
神様が誕生日プレゼントをくれたの!?
跳ね上がる心臓を抑えて、バタバタと玄関へ飛んでいく。
「ゆ、ゆゆ、幸ちゃん!」
勢いよく扉を開けると、そこには可愛い可愛い幸ちゃんがとんでもない美人になって立っていた!興奮で舌も回らない。
そんな私の失態を気にも留めずににこりと幸ちゃんは笑う。
「うん。久しぶり、蘭ちゃん」
「うわ〜ん!やっぱり幸ちゃんだぁ!久しぶ、り...」
うわぁ背が高くなったんだねぇ。あれ?
興奮で飛び出し、はるか昔の天使を重ねて飛びつけば、はたと何か違和感を感じた。
何だか体、大きくなった?ぐんと見上げなければ顔まで辿り着かないほど大きな体にあれれ?と疑問符が浮かぶ。
見上げた先には、サラサラの金の髪が揺れて頬にあたる。ちっともチクリとしないふわふわの髪は私のくたびれた髪とは比べ物にならないほどの艶々さだ。
っていうか、ん?
「ゆゆゆ、幸ちゃん、なんか、鼻が高いね」
「ありがとう。蘭ちゃんの匂いが良くわかってすごくいい具合だよ」
「声......何だか低めなんだね?」
「ありがとう。大人になったんだ」
「そっか......それにしても背がずいぶん高いのね。首が痛くなっちゃうよ」
「ありがとう。いい眺めだよ」
「なんだか、どうしてだろう、幸ちゃん男の子みたいになったね......?」
「ありがとう。気がついてくれて嬉しいよ。大好き蘭ちゃん」
幸ちゃんは昔と変わらぬとても愛らしく、美しく、それはそれは幸福そうににっこりと微笑んだ。
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「ゆ、幸ちゃん」
「うん。蘭ちゃん。覚えててくれて嬉しいよ。君の幸近だよ」
「あああ、あれ?男の子だったの?」
「ふふ、蘭ちゃん全然気がついてなかったんだね」
「え?だってだって!可愛いリボンもつけてたし、スカート履いてたし!」
「あの頃はひらひらした服が好きだったんだ。可愛い服を着ると蘭ちゃんが褒めてくれるしね。嬉しくってつい。騙してごめんね」
「だ、だだ騙された!」
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