闇の森制圧計画とゾボルザック駐屯地②

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闇の森制圧計画とゾボルザック駐屯地②

毎回探索が終わると、ゾボルザック魔術師団は本隊に獣人奴隷の追加を要請する。お母さんが死んだ第六次探索後もそれは同じで、ラフリクスがあたしの入団に言及したのはその時だった。 ――奴隷紋のある獣人が探索隊の物資でタダ飯食いは許されない。 そんなふうに主張し、あたしは雑務係として働くことが決まった。魔術師たちにバカにされるのが嫌でお父さんを「師令官」と呼ぶようになり、「お父さん」と口にするのは闇の森のそばでだけ。 魔術師たちは師令官とあたしが夜な夜な密林に入っていることにも気づいていない。師令官が使う魔力の属性も知らないし、その魔力量が上級魔術師ラフリクスに劣らないということも知らない。 あたしが闇の森の中まで入ることはないけれど、森のそばまでは何度も行っている。密林はあたしにとって狩り場で遊び場。お父さんと一緒に闇の森に行くのは剣術を習うためだ。 もちろん、魔術師たちはあたしが剣を使えるなんて知らない。 「獣人奴隷を一斉に探索に行かせるのはいいが、本日到着分だけだと携行食と防寒マントが足りないな」 「獣人たちなら食糧は勝手に狩るだろう。毛が生えてるんだからマントも不要だ」 ラフリクスとタカイラは勝手に第二十五次探索の話を進めていた。 「ラフリクス隊長、本当に駐屯地が撤収になるなら作業員を残した方がいいんじゃないですか?」 イヌエンジュが口を挟むとラフリクスはチッと舌打ちした。タカイラはシシッと気持ち悪い笑い方をする。 「残すなら高値で売れる若い女がいい。獣人を抱いてみたいって帝国貴族は意外に多いらしいからな」 「変態魔術師」 小声でつぶやいたつもりだったのに、イヌエンジュがチラッと監視小屋を見上げた。目があったような気がしたけど、彼は何もなかったように顔をそらす。 「勝手に奴隷を売るのはマズくないですか? せめて本隊に許可をとらないと」 「こんな僻地の些細な案件でいちいち本隊にお伺いを立てていたら何も進まんだろう。大公の手を煩わせるだけだ」 「売るなら種族も考慮しないとな。いくらいい女でも猛獣や爬虫類を抱きたい男はおらんだろう。猫あたりなら良さそうだが」 駐屯地に今いる猫獣人はあたしだけだ。イヌエンジュが後ろ手にこぶしを握りしめてるのが見えて少しだけ胸がスッとする。グレンがギュッとあたしの手を掴んだ。 「エリアーナ、おれが獣化してあいつらを脅してやろうか? 獅子になればもう成獣並みの大きさだよ」 「いらない。獅子でも魔術師には敵わないよ」 「心配してくれるんだ、エリアーナ」 グレンはあたしの手を引いてその場にしゃがみ込んだ。囲いの陰であたしの頬に唇をつける。 「大人たちのマネ? 年下のくせに」 「もうじき十四。エリアーナと一才しか違わなくなる」 今度は唇にキスしてきて、グレンのことは嫌いじゃないからまあいいかと思いつつ床にお尻をつけた。 監視小屋はあたしの腰辺りまでの囲いがあり、その上は屋根まで四隅に柱があるだけ。見上げると空にうっすらと虹がかかっている。 突然頭を引っ込めたあたしとグレンにイヌエンジュは気づいてるだろうか。囲いに隠れて何をしてるか、想像したりするだろうか。 「ラフリクス隊長」 師令官の声がした。 「駐屯地閉鎖というのは本部通達にあったのですか?」 「闇の森制圧計画がなくなればゾボルザック駐屯地を残す意味なんてないでしょう? ここに残りたいなら師令官お一人でどうぞ。わたしたちはさっさと本隊に帰ります」 「そうですか。きっと探索隊長の三人は本隊に呼び戻されることでしょう。わたしは闇の森の監視役としてここに残ることになると思います。闇の森制圧計画が始まる前はそうでしたから」 計画前からここに駐屯地があったのか? さあ? ――という反応からして、ラフリクスとタカイラはここが元観測所だということすら知らないようだ。イヌエンジュにはずっと昔に教えた記憶がある。 あたしがイヌエンジュと話さなくなったのは雑務係になった頃から。お母さんが死んだ直後は色んなことがどうでもよくなってつい避けてしまったし、イヌエンジュが避けていたようにも思う。 「師令官、計画打ち切り後のことは置いといて、ここにいる獣人奴隷をどうするかは早めに決めたほうがいいかと」 「ラフリクス隊長の案通り一斉探索にしましょう。作業員として残したい者がいたら各隊でリストアップしてください」 「第三探索隊所属のお嬢さんはやはり探索から外されるのですか?」 「娘は駐屯地ができる前から観測の手伝いをしていましたし、闇の森観測が継続なら彼女の力は借りたいところです」 「ふうん」とタカイラの嫌らしい声。 ようやくあたしから離れたグレンは頬を紅潮させていた。色っぽいというよりまだまだ子どもっぽい。 「監視」 照れ隠しなのかグレンは素っ気なく言って立ち上がり、わざとらしくキョロキョロと周囲を見回している。ふと気づくと四人の会話が聞こえなくなっていた。 「グレン、師令官たちは?」 あたしは立ち上がって師令官テントの前に目をやった。 「話は終わったみたい」とグレン。 プラン、プランと師令官の両耳で揺れる黄棘熊の牙が遠ざかっていく。あたしがここにいるのは気づいているはずなのに、チラリともこっちを見ようとしなかった。あたしを特別扱いすると魔術師たちがここぞとばかりに嫌味を口にするからだ。 「エリアーナ。おれ、次の探索で闇の森に行くことになるかな?」 「怖い?」 「全然。だけど、エリアーナと離れるのは嫌だ」 獣人にとって、『闇の森制圧計画』は魔術師たちとは別の意味を持つ。 探索員として森に入った獣人たちが闇の森に向かうのは奴隷紋を消し去るためだ。闇の森に漂う闇属性の魔力は周囲の魔力を引き寄せる性質があり、焼き印の痕は体に残っても奴隷紋に付与された魔力は消える。そうすればラフリクスの魔力感知を回避できるから、あとは好きな場所に行けばいい。 ちなみに、闇の森に結界が張れないのは闇属性の魔力の性質が魔術を破壊するから。 あたしと師令官は闇の森の真実を獣人たちに伝え、獣人のほとんどがグブリア帝国のアルヘンソ辺境伯領を目指した。闇の森を通れば結界に阻まれることなく密入国でき、奴隷の身分からも解放される。 魔獣が生息する密林も難所ではあるけれど、ある程度魔力感知できれば黄棘熊のような危険な魔獣を避けることは可能だ。グレンが森に入るのを恐れないのは身体能力が高い上に魔力感知も比較的優れているから。 「エリアーナはここに残る?」 グレンは囲いに頬杖をついて消えかかった虹を見上げていた。 「たぶんね」 「おれはエリアーナと一緒にグブリア帝国に行きたい。帝国は奴隷が禁止されてるし、獣人にも人間と同じ権利が認められてるって聞いたよ」 「それは建前で実際は獣人奴隷が闇取引されて差別も酷いって聞いたけど?」 「そんなの行ってみないと分からないよ」 帝国に行ってみたい気持ちはあたしにもある。 「でも、闇の森を離れたらお母さんに会えなくなる」 グレンが心配そうにあたしの顔をのぞき込んだ。 「エリアーナ、本当にそれでいいの?」 グレンがわかりやすく好意を見せるせいか、つい色々話し過ぎてしまったかもしれない。闇の森の住人のこと、彼らが使う闇属性の魔力と死霊術のこと、死霊術で〝影〟として闇の森に留められた者の末路。 お母さんはいつまであたしの名前を呼んでくれるだろう。 今夜は満月。満月の夜は闇の森が広がり、お母さんの影もはっきり見える。 砂漠の上に一番目の月が顔を出していた。駐屯地にはまだ雨が降り注いでいるのに東の空は青く、雲と間違えてしまいそうな白い月。 駐屯地の一番端っこのテントのそばで、お父さんが雨に濡れながら密林を眺めている。三人の魔術師は帰り支度をする補給隊の荷馬車に向かっているようだった。腰巾着のように後ろをついていくイヌエンジュが不意にこっちに目を向ける。 「エリアーナ、あの人が気になる?」 グレンがあたしの手を引いたとき、「姫」と下から声がした。馬獣人のレニーとリス獣人のリックが監視小屋を見上げている。 「見張り、交代の時間っスよ」 丁寧なんだか軽いんだかよく分からない喋り方をするレニーは、つい数週間前にここに来たばかりだ。そのくせ昔からいるみたいに馴染んでいる。 「今降りる」 あたしはくるりと身を翻し、「行くよ」とグレンの肩を叩いて梯子に足をかけた。不満げに頬を膨らませるグレンはやっぱり大人にはほど遠い。
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