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スッとドアが開いて、箱の中から溢れてきた光が、窓ガラスに映ったぼやけた顔を消してしまった。
「おっ、佐倉くん。同じタイミングだ。お疲れさま」
エレベーターの中にいたのは、同僚でベテラン清掃員の小波さんだった。
三十年以上清掃の仕事をしていて、ヤマノクリーンが地元の小さな会社だった頃からの従業員だった人だ。
どうぞ入ってと場所を開けてもらったので、佐倉は小波の横にカートを入れた。
お互いゴミ用のカートを引いているので、二人入るとエレベーターはいっぱいになった。
「腰の方は大丈夫ですか? 先週痛めたと聞きましたけど……」
「そうなんだよ。酔って階段で転んで尻餅ついちゃってさ。おかげで、いつも届く場所に手が届かなくて、困ったもんだ」
「小波さん、上層担当ですよね。よかったら中層と代わりますか? 使っていない倉庫や会議室が多いから、ほとんど汚れていないですよ」
「そりゃありがたい。上層はお偉いさんが多いから、気を使うんだわ。戻ったら若社長に頼んでみるよ」
このビルで働き出してから、佐倉は上層階には足を踏み入れたことがなかった。
上層階には会社の社長室や役員、幹部社員達の個別の部屋がある。
大会議室や、イベント用のホールもあり、担当する者は大変だとよく聞いていた。
小波の腰の心配もあったが、佐倉としても、あの女性社員達に目をつけられているので、少し離れることができるのは好都合だった。
「あ……それは……」
何気なく小波のカートを見ていたら、横にカメラがぶら下がっているのが見えて、佐倉は思わず声を上げてしまった。
「ああ、誰かの忘れ物だって。防災に届けてくれって頼まれたんだ。こりゃ一眼レフってやつか? こんな高そうなの忘れるなんて、ずいぶん間抜けなやつだ」
ドクドクと心臓の音が鳴って、額から汗が流れ落ちてきた。
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