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『ああ、それなら。もう引越しは完了しています。時間的にももう出勤されているかと。ヤマノクリーンに連絡をして、出勤先のビルを聞いてみますか?』
「いや……今本社の前まで来たから、俺が直接聞きに行く」
ちょうどよく本社の前に着いたので、電話をするより早いと、梶はタクシーから降りて走った。
もしかしたら、こっちに来ているかもしれないし、近くのビルならすぐに向かえばいい。
それで時間をもらって話をしたい。
ビルの中に滑り込むように入った梶は地下に向かった。
ヤマノクリーンの看板が見えたら、乱れたスーツを正してノックをしてからドアを開けた。
ドアの向こうは事務所のスペースになっていて、雑然と並んだ机の一番奥、パソコンの後ろから、男の顔がぬっと出てきた。
「はい? どちら様ですか?」
「梶エンターテイメントの常務取締役で、梶智紀と申します。突然すみません、佐倉さんは今どちらにいらっしゃいますか?」
一瞬間があって、男はぽっかりと大きな口を開けてから、慌てた様子で立ち上がった。
「梶常務ですか!? これは、失礼しました。ええと、佐倉ですか? ああ、確か以前部屋の掃除を担当していましたね。しばらく隣駅のビルに行ってもらっていたんですけど、実は今、休暇をとっておりまして……」
「休暇? どういうことですか?」
「ええと、三日前、田舎に住んでいるご家族から、彼の叔父が緊急で手術をすることになったからと連絡があって……。緊急連絡先として私の携帯を教えていたそうです。一度ここに寄ってもらって話をして、その足で向かったと思います」
ずいぶんと佐倉の事情に深く関係していそうな雰囲気から、彼が話に聞いていた、佐倉を助けてくれた泰成先輩に間違いないだろうと分かった。
「分かりました。すぐに連絡を取りたいんですが、なかなか繋がらなくて困っているんです」
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