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26 あなたの幸せ
その日は静かにやってきた。
心は半分で、決意と恐れに分かれていた。
何が恐いのかは分かっている。
自分を見た時に、夕貴の顔が恐怖で染まることだ。
獣になってしまったあの日を思い出してしまう。
もう二度と夕貴を傷つけることなどないと誓うが、幸せそうな二人を見たら、また何かおかしくなってしまうかもしれないと恐かった。
冬から春へ。
季節の変化はあっという間だ。
昨日まで寒かったのに急に暖かくなって、すぐに春に変わってしまったように思える。
佐倉が顔を上げると、桜並木はほぼ満開くらいになっていた。週末ということもあって辺りは写真を撮る人で溢れかえっていた。
「すぐそこのカフェだ。時間は少し早いが、大丈夫だろう」
佐倉の目の前には腕時計で時間をチェックしている梶の姿があった。
今日この場を用意してくれたのも、ここまで来ることができたのも、全て梶のおかげだった。
梶がいなければ、佐倉はこの桜並木の道を歩くことなどなかった。
いまも一人孤独に贖罪の日々を続けていたはずだ。
叔父の危篤の知らせを受けて、佐倉は故郷に帰ったが、そこに追いかけてきたのが梶だった。
日本に向かう飛行機の機内で、梶は偶然にも夕貴の運命の番である津久井と出会った。
梶が持っていたSAKURAの写真集をきっかけに話が進んだらしい。
津久井を迎えに空港に夕貴が来たことにより、二人の名前を知った梶は、佐倉の過去に出てきた人物との一致に気がついた。
こうして今度は佐倉の話になり、二人から会わせて欲しいと頼まれたらしい。
梶からその話を聞いた佐倉は混乱した。
自分は二度と顔を見たくない、恐怖対象になっているだろうと思っていたからだ。
夕貴のトラウマを呼び起こしてしまうかもしれない。だから直接会って謝罪できずにいた。
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