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「うん、もう大丈夫。僕は幸せだから、未春も幸せになってよ」
夕貴の笑顔を見て、胸につかえていた何かがスッと落ちていくような気持ちになった。
恐かったのはもう一つ、夕貴が辛い思いをしているのではないかということだった。
幸せだと聞いて、心が軽くなったのを感じた。
「ああ……そうだな」
「あの人、梶さんとお付き合いしているの? ずいぶん親身になってくれたから」
「えっ……いや、付き合っては……」
「濃すぎるくらいアルファって感じだよね。アルファ同士のカップルも珍しくないし、いい人なら逃さないようにしないと」
まさか夕貴とこんな会話をする日が来るとは思わなかった。
愛し合った者同士、別々の道を歩み、別のパートナーの話をする。
変な感じはしたが、それほど悲しい気持ちにはならなかった。
それはきっと、お互いの関係をちゃんと見つめて、気持ちを整理していたからだろうと思った。
「幸せになってね、未春」
そう言われて佐倉は微笑んで頷いた。
長く長く、長いトンネルの先にやっと光が見えた。
最後は連絡先を交換して、握手をした後、夕貴と津久井は二人で先に席を立って帰って行った。
一人残った佐倉は、息を吐いて頬にあたる風の気持ちよさを感じた。
もう寂しくなどない。
ずっと続いていた贖罪の日々がついに終わった。
あんなに苦しんだ日々が、嘘のようにあっさりと終わってしまった。
しかしこれでやっと前に進むことができる。
軽くなった足元で、梶がプレゼントしてくれた靴が、良かったねと微笑んでくれているように見えた。
「早かったな。もういいのか?」
気がつくと隣に梶が座っていた。
二人と入れ替わりで入ってきたようだった。
二人が座っていた対面の席ではなく、隣に座るのが梶らしいと思ってしまった。
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