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出勤するなり、佐倉は泰成から栄養ドリンクを手渡されて、驚いてしまった。
学生時代から気のいい兄貴分的存在だった泰成は、佐倉の二年先輩だった。
所謂芸術系の大学だったので、泰成は彫刻科に所属して、木材を使った空間アートというものを熱心にやっていた。
今でも頼めば机や椅子なんかを簡単に作ってくれる。
昔はこの距離感のないところを苦手に思っていたが、ただの好奇心や偽善などではなく、泰成は本当にいい人だった。
ボロボロになって逃げてきた佐倉を、何も聞かずに匿ってくれた。
今でもたまにアドバイスをしてくれるが、深追いしようとはしない。
佐倉はこの人には一生頭が上がらないなと思っている。
「そんなに、ひどい顔ですか?」
「うーん、まぁそうだな。いつもに増して青い顔してるよ。小波さんと交代したんだろう。上層階の手順を教えるから、着替えたら事務所に寄ってくれよ」
ドリンクをありがたく受け取った佐倉は頭を下げてロッカールームに向かった。
「基本的には低層中層と同じだ。各フロアを回ってゴミ集めとトイレ清掃、食堂スペースはそこの人達がやってくれるから、ゴミを回収だけたのむよ。気をつけて欲しいのが役員クラスの部屋だ。カードキーがないと開けることができないから、各秘書が捨てるものは外に出してくれる。中の清掃は朝番がやるから基本的に入らなくていい」
想像していたより簡単な手順だったので、佐倉は拍子抜けしてしまった。
確かに部屋数は多そうだが、回収だけならさほど時間はかからない。
「分かりました。あまり変わらないし、大丈夫そうだ」
「待て待て、役員クラスの人は厳しくて気難しい人が多いんだ。細かい汚れが残っていたりするとすぐにクレームが入る。それに、急に呼び止められてアレコレ用事を頼まれることが多い」
「秘書の方がいるのにですか?」
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