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まるでいつ消えてもいいように、常に準備しているみたいだと思ってしまった。
「料理だけはたまにやるから、調味料は揃っている。食材は使い切らないと腐らせるから、保存はしていない。一人で消化する趣味の程度だったが、未春に食べてもらえるようになってから、凝り始めてスパイスも取り揃えたんだ」
確かに広々とした何もない部屋と違い、キッチンだけは色々と物が置かれていた。
スパイス棚に、見たこともないような量の小瓶が見えて、思わず目を瞬かせてしまった。
「え? 俺が食べる?」
「そうだ、最初は料亭の飯を取り寄せていたが、あまり箸が進まなくなっただろう。途中から俺が作った料理に切り替えたら、全部食べてくれたから、それ以来、俺が作ったものを温め直して出していた」
「ええ!? てっきり、近くの定食屋から買ってきていたのかと……。本当に? 家庭的な料理の方が好きだから俺は嬉しかったけど……嘘だろう、そんなに手間をかけていてくれたなんて……言ってくれればよかったのに」
蟹とかフグとかスッポンみたいな料理にさすがに胃がもたれてきた頃、肉じゃがやシチューなどの優しい味わいの料理に変わった。
まさかそこまでしてくれていたとは思わなかった。
梶は気を遣わせたくなかったんだと言って笑った。
こんなことが自然にできる人だから、モテて当然だと思ってしまった。
「目黒川から聞いた。俺が出張に行っている時に、下で会ったそうだな。その時に、あの女にも……」
「ああ、愛華さん? アルファの相手をする専門の人だってね」
「それはっ……そうなんだが、すまない。自暴自棄になって荒れていた頃、それを抑えようと次々と手配されて……その時は、もうどうでもいいって投げやりになっていたから……」
「謝ることはないよ。俺だって過去はあるし、それに自暴自棄って……コンテストの後のこと?」
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