3 偶然の出会い

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 時計はすでに二十一時を回っていて、普段なら業務を終えている時間帯だ。  残業代が出るか分からないが、とにかく終わらせないといけない。  平謝りしてくる男性社員に頑張ってくださいと声を掛けて、佐倉は秘書室から出た。  このフロアのトイレを清掃すれば、今日の仕事は終わりだ。  カートを押しながら、足早にトイレまで向かった。  結局、目についたところが気になって、一時間近く汚れと格闘した。  全て片付けて電気を消したのは、二十二時を回った頃で、フロアには誰も残っていなかった。  さすがに肩がこったなと思いながらカートを押してエレベーターホールに向かうと、何やらそこに規制用のボードが立てられていて、作業員が忙しそうに働いていた。 「あ、すみません。電気系統に不具合があって、今こちらのエレベーターは全機使用できないんです」 「……そうですか」 「カートがあるから階段は……無理ですよね。奥の直通を使っていただいてもいいですか? 多分待っていたらかなり時間がかかると思います」 「え………は、はい」  そう言われて佐倉は、フロアの奥にある特別区域に目を向けた。  一般社員、及び作業員等は使用禁止の、上層階にだけ止まる直通のエレベーターだ。  作業スタッフからは黄金区域と呼ばれていて、当然佐倉も近寄ったことはなかった。  なぜ黄金と呼ばれているかは、中の内装に金が使われているとかそんな噂だった気がする。  待っていてもいつ終わるかは分からないし、緊急点検で使用できないなら仕方がない。  ゴミ入りのカートを置いて行ったら怒られてしまう。  かと言って担いで何十階も降りるなんて正気の沙汰ではない。  警備員に何か言われたら点検だと言っておけば問題ないだろう。  未知の空間には少しだけ興味があったので、佐倉はドキドキしながら、黄金区域に入って下ボタンを押した。
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