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エレベーターは二機あって、一つはちょうど最上階にあった。
ふと誰かが残っているのかと考えたところで、ポンっとエレベーターの音が鳴った。
音もなく、エレベーターのドアがゆっくり開くと、そこには先に乗っている人がいた。
「あ………」
目に入ったのは、上下ブラックでかためられた高そうなスーツだった。
まさに戦闘服と呼ばれるに相応しいその黒光りする鎧を身につけているのは、これまた背の高い佐倉よりも背が高く、ガッチリとした体つきの男だった。
一瞬壁かと思ってしまったくらいだ。
スーツと同じ、漆黒の髪に恐ろしいくらい整った容貌、まるで肉食獣のような鋭い瞳は黒曜石のようにギラリと光っていて、目が合った瞬間、食べられると本能的な恐怖を感じてしまった。
「……乗らないのか?」
冷酷さを表したような薄い唇が開いて、腹に響く声が聞こえてきたので、佐倉はビリッと背中が痺れてしまった、
「いえ、その……もう一つのエレベーターが点検中でしたので、すみません。カートもあるので、私は次のものに……」
「夜間は一つしか動かない。行って戻るまで時間がかかる。狭くなっても構わないから乗っていけばいい」
彫刻のように整っているが、よく見れば顔にあどけなさが残っているので、今年三十になった佐倉よりも年下に見える。
年齢的に社長でないことは間違いないが、秘書の雰囲気でもない。
圧倒的な風格とオーラは彼が支配者だと痛いくらいに表していて、間違いなくアルファだ。
それも経営者一族の者か、役員クラスだとみた。
「あの……それじゃあ、失礼します」
こんなところで押し問答をしていても仕方がない。早くしろという視線を感じた佐倉は頭を下げて、なるべく男に近づかないように端に乗り込んだ。
エレベーターが下がっていく静かな時間。
内装をのんびり見るなんてありえない。
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