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1 贖罪の日々
ひらひらと舞い落ちた桜の花びらが、鼻先に乗った。
クスリと笑って手を伸ばしたのはいつだっただろう。
振り返った君の笑顔が桜の花びらに包まれて消えていく。
待って
伸ばした手がむなしく空を切って、何もかも消えてしまった。
ガタンッ!!
大きな音を立ててゴミ箱が倒れて、床にゴミが散乱した。
「何やってんだよ、よそ見してるからだろう」
「ひぁ、スミマセン! うわぁ、きったなっ」
「あ、ちょうどよかった。掃除の人いるよ。すみませんー、こっち片付けてもらえますか?」
顔を上げた男があまりにも暗くて気味の悪い雰囲気だったからか、声をかけた女子社員の顔がわずかに引き攣ったのが分かった。
近づいてきた清掃員の男が、散らかったゴミを黙々と片付け始めたので、辺りに微妙な空気が流れた。
「何あれ、何か言えばいいのに。気持ち悪い」
ぼそっと溢れた声はしっかり耳に届いた。
社員達はもう行こうと言って、その場を離れて行った。
散乱したゴミを片付けながら、佐倉は小さくため息をついて、帽子を深く被り直した。
伸び放題の髪に、剃り残した口髭、生気がなくて落ち窪んだ目、窓に映った姿を見て、自分でもひどいなと思うくらいだ。
すれ違った女子社員から、変な目で見てくる気持ち悪い清掃員がいると苦情が入るのはよくあること。
最低限清潔にはしているが、自分の容姿などどうでもいいと思う佐倉は、誰にどう思われようとかまわなかった。
ため息をついたのは、絨毯に染み込んだコーヒーの汚れを見たからだ。
誰かが飲みかけのカップをそのままゴミ箱に捨てたらしい。
ゴミ箱には飲み物を捨てないでくださいと書かれているが、全く見ずになんでも捨てるやつがほとんどだ。
「これは、洗剤を持ってこないと取れないな……」
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