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佐倉は泰成に頭を下げて、ロッカーを開けて片付けを始めた。
「それとさ、またクレーム入ってんだ。その……暗い雰囲気の若い男の清掃員がいて困るって。女性はそういうの嫌がるから」
「……すみません」
清掃員は全員ネームプレートを腰から下げているので、おそらく名前も伝えられたはずだ。
それに、清掃員はほとんどが中年の女性で、男は佐倉とシルバー雇用で来ている年配の男性が数名なので、誰のことだかすぐに分かってしまう。
それでも今年三十になったのと、ひどく萎れた見た目なので、まだ若い男と呼ばれることの方が驚くべきかもしれない。
「いいって。仕事柄、少しは清潔を心がけてほしいけど、佐倉はまぁその辺は大丈夫だし。ただ、挨拶かなぁ。笑顔を見せろとは言わないけど、話しかけられたら、とりあえず挨拶くらいは頼むよ」
分かりましたと言って着替えを終えた佐倉は職場を後にした。
二月に入って寒い日が続いている。
ビルの隙間を冷たい風が吹き抜けていき、佐倉は悴んだ手を上着のポケットに突っ込んだ。
街を歩く人々も足早に通り過ぎていく。
前から歩いてきた男二人が、仲睦まじく肩を寄せ合って歩いていた。
片方の男の首にカラーが見えて、佐倉の心臓はドキッと揺れた。
すれ違った二人が楽しげに話しながら歩いて行ったのを見て、佐倉はやっと息を吸って呼吸ができるようになった。
「……まったく、いつまで経っても慣れないな」
空を見上げると大きな月が見えた。
一人寂しく冷たい風の中に取り残されたように佇んでいた佐倉は、頭を振ってまた歩き出した。
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