2 変わらない日常

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 泰成の言葉に曖昧な笑顔を作ってごまかした。  佐倉はありがとうございますと言って弁当を受け取った。  近くの定食屋が販売していた売れ残りの弁当が多いが、佐倉にとっては貴重な食事だった。  大事そうに弁当を抱えた佐倉は、着替えるためにロッカーへ向かった。  遅番の仕事は主にフロアのゴミ集めとトイレの清掃だ。  ガラスの清掃など大掛かりなものは別の業者が担当している。  それぞれ担当の階が決められていて、早く終わればその分早く帰れる。  肉体労働の地味な仕事だが、人付き合いが苦手な佐倉にとっては、黙々と働けるので都合がよかった。  人気が少なくなったフロアで、カートに集めたゴミを載せた佐倉は、ハンディ型の掃除機を手に取った。  小さな紙屑が目に入ったのだ。  タイルカーペットの上に掃除機をかけるのは早番の仕事だが、佐倉は目についた箇所はそのままにせずに綺麗にしていた。 「ねぇ見て。またあの人いるよ」  遅い時間まで残って会議をしていたのか、人が入って来た気配がしたが、その中の一人の声が耳に入ってきた。  面倒なことになりそうな気配を感じて、佐倉は姿勢を低くして頭を下げた。 「この時間の担当なんでしょう」 「モエちゃん、気をつけた方がいいよ。この前のストーカーもさ、ほら、あんな感じだったじゃん」 「この前、モエのこと見てたよね。いくら可愛いからって見てきて気持ち悪い。変なのが寄ってきて大変だね」  背を向けているが、声は聞こえてきてしまう距離だ。変なの扱いされている状況に、佐倉はまたかと項垂れて小さくため息をついた。  あからさまに視線を送ったつもりはない。  むしろ誰とも目を合わせないようにいつも俯いているのに、見た目から判断されてしまう。  特にこの会社は、エンタメ系を取り扱っているから、若くてお洒落な社員が多い。
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