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第6-2話 進化の過程
早苗に無言で、脱がされたララ……
いやいや、これって、そうなる流れ……だよネ?
「早苗さま、あ、あノ……!」
たしかに、認める……わたしは彼のことが……
でも突然すぎて、手足が震える。
体に合わせるように犬耳も揺れた。
「……わ、わたし、経験なくテ……!」
だから準備させてほしい、優しくしてほしい……
そこまでは言えず、ぶんぶん手を振る。
それでも返事がない。真剣なまなざしの彼が、目の前に立つ。
「……っ! お、お願い。な、なにか、言っテ……」
だが言われない。
彼は無言のまま、お腹を優しく、時に強く押して触ってくる。
「ひっ!!?」
次に、急に抱きしめられ、胸に顔を埋められた。
「!!!? さ、ささささ早苗さま!? う、嬉しいけど、そんな――」
「…………」
彼は手を伸ばし――ほっぺた、顎、首筋を触っている。
そのまま彼の手は伸び続け、腕、そして手首から指先に。
「……う、ぅ」
触れられたところに、官能的なしびれが走る。
その後、彼は、緊張で汗ばむ脇下に触れた。
「……あぁ、ッ!」
なんでそんなところを触って。
その手が、くびれ、腰――と、どんどんイケナイ方向にいって……
「……あっ、ゥ」
すごくみだらなことをしている気分。
全身から汗が出て、体が火照るのを感じる。
だが早苗はそのころ――
(……皮膚炭疽の特徴のある皮膚病変は見られない)
口には出さず、そう思っていた。
だが、ララがそんなことを知る余地はない。
と、早苗が目を丸くする。
「……!」
「……え、ど、どうした……ノ?」
なにを見て……わ、わたしの汗?
胸部に顔を近づけては、くんくん汗のにおいをかいでいる。
「……は、わぁあああ! はずかしい、ヨ」
情欲的な声が漏れ、涙目にすらなるララ。
しばらく体をじっくり観察されたあと、ようやく解放される。
力なくベッドに倒れたララに、早苗がマントを下げて、ようやく声を出した。
「ララ。驚かないで聞いてくれ」
「……あ……うン」
恥ずかしさのあまり、布団を掴んで抱きしめた。
な、なにを言われるの、わたし……
「君は人間だ」
「……エ?」
想像とはかけ離れたことを言われ、ララは言葉を失った。
◇
「……つ、つまり、わたしは、早苗さまと同じ? 亜人じゃないの……?」
「うん。今すぐ君が人間か、確かめたかった」
手を引かれ、ララは部屋の真ん中に座らされる。
「音の大きさが同じか教えて」
ララの周囲をゆっくりと歩いた。
手をパン、パンと周囲で叩く。
「音の大きさ、同ジ」
「これは何色?」
雑貨屋で買ってきた、カラフルな手ぬぐいだ。
「……赤と緑。その次は青だよ。次も青かナ」
「そうか。よかった……」
ほぼ人と同じ。違いは光に対する対応力が、少し低いぐらい。
最後に窓へ歩く。
「52メートル先に花屋がある。なんの花の匂いがする?」
「えっ! わたしの鼻、そこまではよくなイ……」
再度、安堵の息を漏らす早苗。
「なら君にはうつらない」
「……えッ?」
「君は人だ。たぶん、優れた聴力を持つ人間」
本当はDNAで判断したいし、内臓の位置も画像検査したいが……
「仮説だけど、君の祖先は1000年以上、地下で生活をした。地上の音に気づきやすいように、耳の位置が上がった」
「ア……!」
「日光に触れないから、色素の薄い白い肌を持っている。夜目もきく。どうかな」
「……うん。獣人は、地下や洞窟で生活すル」
あってる、とララが小声で言う。
「地下への穴は、時独耳幅より狭くなる?」
「どうしてわかるノ?」
「君の耳の横幅が、肩幅とおなじぐらいだから」
つまり感覚器官だ。体温調整用ではない。
「あと体毛がなく、皮膚は柔らかい。理性があり、会話できる大脳がある」
つまり人だった。最後に、と続ける。
「君はかなり汗をかく。汗はヒトの、最強の体温調整機能だ」
「あ、だから、汗ヲ……」
思い出して、真っ赤な頬をララが毛布で隠した。
(……あと彼女の耳は、普通の人よりも敏感だ)
ケモミミは耳栓の役割もあるのだろう。
ララはどこか嬉しそうにしていた。
「えへへ……わ、わたし、が……早苗さまと同ジ……」
「今のがいいニュース」
「……え、うン」
「悪いニュースは、僕はたぶん、肺炭疽になった」
聞いたことのない不吉な単語に、ララが不安がる。
「はいたン……?」
「レアな感染症で、よりにもよってエボラより致死率が高い……」
はぁ、とため息を付く。
なんでこんな……いや、異世界だからか。
「肺炭疽の致死率は90~99%で、人から人――つまり、僕からララにはうつらない」
「え!? どうして、そんな病気ガ……」
「この辺りが、炭疽汚染地域だから。皮膚が黒くなり、痒がる人たち。多すぎる皮製品や羊毛などの製品……」
下水の出来事を思い出す。
「僕は肺から感染しているね。下水の動物の死骸をどかすときに、エアロゾル化した芽胞を長時間、吸入した」
「……っ!」
ララが泣きそうな顔をしている。ほぼ理解しているらしい。
「……早苗さまが死ぬ……いやダ……」
「重症化したら確実に死ぬ。その時は、諦め時だ」
泣いているララに早苗は続けた。
「でも」
「……うン」
「重症化する前に、ある薬を使えば大丈夫」
ララは袖で涙を拭いて、顔を上げた。
「……っ!! て、手伝う。なんていう薬?」
「抗生物質って言うんだ。20世紀最大の発明で、多くの人命を救った奇跡の薬」
1300年の時を超えて、この手で奇跡を生み出す。
それが生き残り、この世界すら根本的に変える唯一の道。
「残った時間は、どれぐらイ?」
「そうだね……」
早苗は肺炭疽の疫学から、日数を予測する。
「5日後に症状が出る。7日目に重症化。9日目に死ぬ」
ちなみに、ほぼ当たる。
サヴァン持ちの早苗は、昔から診断能力が不思議なほど優れていた。
(しかし、2週間あれば自信があるが、あと7日で抗生物質か……)
ララには言わないが、ほぼ無理だった。現実的じゃない。
一息ついて、早苗は不安そうな、でもやる気一杯のララを見る。
そして大事なことを言った。
「ララ。もう、服着ていいよ」
「……あっ!」
ララは頬を赤らめて、隠れて服を着だした。
重症化(死の確定)のタイムリミットまで、あと7日。
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