5.魔族と神族と人間

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5.魔族と神族と人間

 ――人間と神族に攻め込まれ、それによって魔族は隠れ里へと追いやられた。  その言葉を聞いて、聖奈(せな)は首を捻った。  魔族というと、悪魔だとかの悪いやつらのはずだ。よくあるお話の中でも、悪魔は人間や天使にろくなことをしない。命を奪ったり、酷い呪いをかけたり、そうした非道を行うからこそ彼らは人間や天使に滅ぼされる。  だからきっと、この状況もそうした悪さによるもの。  そう、思うのだが、アリシアは涙を流している。  わたしたちと言うからには彼女も魔族であり、悪魔なのだろう。  聖奈は彼女を物語の中で見るような悪魔のような、嫌な存在のようには思わない。少なくとも見ている限りは外見相応の趣味嗜好をもっていて、とても礼儀正しい女の子にしか思えなかった。  そんなアリシアがなぜ泣いているのか。彼女たちを指し示す魔族とは、聖奈の中にある悪魔像とは全く違うのだろうか。 「なんという! 種族の隔たりなく生き行くためと、確かに和平を結んだではないか! それがどうして神族と、よりにもよって人間にまで魔族が追いやられるっ!?」  驚愕と、落胆。動揺を隠すことなく叫ぶルキフェルに、アリシアは止めどなく流れる涙をぐしぐしと拭い続けながら、また口を開く。 「わかりません。でも彼らは突如として国に攻め入ってきたのです。あまりにも唐突で、あまりにも圧倒的な戦力差を前に、退けることはできず……。抵抗する者は等しく殺され、あるいは奴隷として連れ去られてしまって……」 「……あの、ちょっといい?」  意を決して声を発すると、アリシアとルキフェルは聖奈に振り向いた。 「なんだ、愚鈍な後継者」 「いやだから、私は後継者でもなんでも……! ってそうじゃなくて! 魔族の国が人間と神族? っていうのによって攻め込まれてるんだよね? それって、魔族が何かをしたからとかじゃないの?」  首を傾げながら尋ねると、一人と一匹は何を言っているんだと言わんばかりに表情を歪めた。  なんだ、その反応。私がおかしいのか?  少しだけたじろいだが、構うことなく聖奈は続ける。 「だって、普通はそうでしょう? 何か悪いことをしたから嫌がられる、何かをしたから仕返しをされる。理由がなきゃおかしいじゃない。魔族も人間や神族に何かをしたから、結果として攻め込まれたんじゃないの?」 「確かにその言い分は正しい」  小さな腕を組んだルキフェルはふたつ頷いたが、すぐに聖奈を見据え、だがなと口を開いた。 「魔族は悪戯好きではあるが、基本的に争いは好まん。ましてや悪戯といっても人間でも思い付くようなものばかりだ、そんな事をしたからといって、此処までの自体にはなるはずもない」 「えっ!? でも、悪魔とかってよく人とか天使とかに危害を加えるじゃない?」 「それをするのは魔物であり、魔族ではない。むしろ魔物からの被害だけを見るならば魔族も他種族と変わらんな。魔族とは気高い種族なのだ、高位の純血種ともなればそれは尚更だ。単純な血の気の多さで言えば、人間の方がよっぽどあろうよ」 「に、人間……?」 「人間は魔族にも神族にも力は大きく劣る。ゆえに、普段は事を荒立てることをせん。……魔族と神族にも、真正面からでは敵わぬからな。だが種族的な思想により、人間は譲れないもののためならば群れとなって己より強いものに挑もうとする。場合によっては、たった一人でもな。魔族にも神族にもない思想だ、我はそれを好ましく思っている」  ふ、と柔らかく笑んだのは一瞬。すぐに表情を引き締めたルキフェルに、聖奈はさらに問った。 「じゃ、じゃあ神族は?」  その瞬間、ルキフェルの表情がこれでもかと言うほど歪んだ。隠されることのない明らかな嫌悪に、尋ねただけであるはずなのに聖奈は畏怖にも似た感覚に襲われ、涙を拭っていたアリシアが肩を跳ねさせながら、ぴゃっ、という小さな悲鳴をあげた。 「奴等はとにかく狡猾(こうかつ)だ。過去に起きた大抵の物事は奴等が起因でな。下位の天使たちならばともかく、高位の大天使は信用にならん! なんという事もない風を装いながら裏では悪事を働く。しかも自分達によるものではないと隠した上で! もっとも、下位の天使も魔族の匂いが気に食わないなどと言い出すのだから、総じてろくでもないヤツらだがな」 「な、なんでっ!? て、天使だよ!? それは悪魔と逆なんじゃ……!?」 「奴等の見目に騙されるとはなんと嘆かわしい……!」  憤慨と呆れが入り交じる。項垂れたルキフェルはわなわなと震えながら顔を上げ、ギッと眉を吊り上げながら指――もとい手を聖奈に突き付けた。愛らしいぬいぐるみの肉球が見える。 「良いか! 奴等は人間と極めて似ているし、眉目秀麗だ! だがな、奴等は人間のように他者への理解も情もない!」 「理解も情もないって、さすがにそれは……っ」 「あ、あの、〈魔王〉! ルキちゃんの言ってること、間違ってないですよ……!」  納得できない聖奈に、怖ず怖ずとアリシアがそう言葉をかけてきた。  未だルキちゃんと呼ばれることに慣れずに反応をし、固まるルキフェルはさておき、聖奈は彼女を見る。 「神族は、他者や他種族を見下しているんです。()()っていう名前も、自分達と他の種族は違うんだっていう誇示も込められているんだって教わりました……」  わたしは人間もあまり好きじゃありませんけれど、と付け足すアリシアの表情には、酷く(かげ)りが落ちていた。  好きか嫌いかはさておきとしても、どうもこの世界の悪魔と天使は聖奈の中にある存在とはかけ離れているらしい。  天使は人間を守る、優しい存在。悪魔は人間に悪さをする、危害を加える側。それこそ悪魔は他種族を見下す存在のように描かれることだって多い。  そうだと思っていたのに、ここではそれは違って、むしろ聖奈の中でのイメージからすれば正反対であるらしい。 「……もう凝り固まった固定概念は投げ捨てるべきかなぁ」 「〈魔王〉様?」 「いや、私は〈魔王〉なんかじゃ……出来れば聖奈って呼んでほしいんだけど」 「まっ! 〈魔王〉様を名前で呼ぶなんて恐れ多いっ!!」  ぶんぶんと顔を横に何度も振るアリシアに、苦笑を一つ。  正直、自分が〈魔王〉であるなど認めたくないというのもあるが、美少女に畏まられるのは少し居心地が悪いのだが。というよりも馴れない。  とはいえここまで拒否されては強くも言えないのも事実だ。なんせ、緊張感からなのか何なのかアリシアは今にも泣きそうだ。苛めてるように思ってしまう。  とりあえず、と聖奈は呼び名を変えさせることを諦めた。決して〈魔王〉と呼ばれることを受け入れたわけでもないが。その時だ。 「む……?」  ピクリと反応をしたルキフェルが顔をあげる。何やら外が騒がしいような気がする。  どうしたのだろうと思っていると、そのうちに外から怒声にも似た大声が降ってきた。 「アリシアちゃん! アリシアちゃん、いるなら早く上がってきておくれ! 怪我人だ! 奴等が攻めてきた!」  途端に弾かれたように駆け出したアリシアが、蝋燭(ろうそく)の火のみが照らす薄暗い部屋から続く、たった一つの階段を駆け上がった。  ただごとじゃない雰囲気を感じ取って、聖奈はルキフェルに振り向く。 「ルキフェル」  視線を受けたルキフェルは聖奈を見て頷き、アリシアが駆け上がって行った階段を見る。 「うむ。詳しいことはわからぬが、恐らくは人間と神族が攻め込んで来たのだろうな」 「しかも怪我人って……!」 「聞く限りの状況では致し方なかろうな。……行くぞ、セナ。我等もこの世界の現状を知るべきだ」  促されて聖奈は頷き、羽を羽ばたかせるルキフェルと共に階段を駆け上がった。
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