第13章 信田綺羅

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美憂の助けを借りて四苦八苦しながら何とか赤点だったテストの直しをぎりぎりに終わらせて、放課後職員室に提出しに行った。 わたしは本当にこういうの苦手だ。柚季や美憂みたいに、せっかく高校卒業できるのにそのあとさらにまだ学業を続けたい。とか考えられる人間の気持ちがまるでわからない。 よくこの上大学で四年とか二年とか、勉強する気になるよなぁ。しかも入試も受けなきゃいけないしさ。 さすがに中卒だと村の中でもちょっと就職にも困るし、今どきそこまで学歴のない子はあんまいないから。高校に入るために仕方なく中学ではそこそこ勉強も頑張らざるを得なかったけど。 今じゃほんとに何のモチベーションもないし。卒業するための単位…、はまあそりゃ。あるに越したことないけど。 最悪中退でもどうってことないかな、と内心で考えてることは秘密だ。美憂やうちの両親にばれたら、せめて高校くらい最後まで真面目に終えて出ろよ!と蹴り飛ばされると思うし。 でもなぁ。…大学行く気はもちろんないし。就職だってそりゃ、条件のいいところに採用してもらうには成績いいに越したことないんだろうけど。 「進学しないのは人それぞれだし。今から死ぬ気で勉強して大学行けとまでは言わないよ、お前に。だけど卒業するまではちゃんとしろよ。今やってることがいつか役に立つ日が来ないとも限らないぞ」 わたしの提出した直しをざっとチェックしながら数学教師は説教をかましてきた。いつもの愛想いいへらへら笑いでえぇ〜、どうせ数学使うような仕事には就かないよぉ。と適当に受け流してたらぴしゃりと返された。 「数学使う使わないじゃなくてさ。今目の前にあることにしっかりきっちり取り組めるかどうかってこと。…企業だって成績そのものよりそういう姿勢を見てるんだから。卒業したら村の中で働くつもりだって言っても、少しでも待遇のいいところで安定して長く働ける方がいいだろ?村の子もみんな資格取ったりして、ちゃんと将来に備えてる奴も多いぞ?」 へいへい。 はーいわかりましたぁ、頑張りますぅと明るく笑って向こうに合わせてやり過ごした。まあそりゃ、卒業後大学に進学せずに村で就職しようって子はたくさんいるし。人気のある職場は確実に競争になるから、先生の言ってることもわかるけど。 息苦しい職員室から早々に退散して、廊下に出た途端に安堵のため息をつく。…どのみち心の中では、工場や商店に就職もなぁ。って実のところ思っちゃってる。普通に考えたらそれしかないけど。正直そんな人生つまらないじゃん? それよりは。…いっそ片手間じゃなく、全面的に性技のインストラクター専業にできないかなぁと密かに願ってる。 そりゃ、世間的な肩書きに困るのは確かだし。夜祭家の人以外でサポートじゃなくそれだけで生活してる人、これまで一人もいないのはわかってる。 だけど、わたしくらい心も身体も根っからそのポジションに向いてる人間もこれまでそうそういなかっただろうし。これからいっぱい鍛錬して今よりもっと経験も積んで、テクニックを高めていけば。 凪さんと漣さんもやっぱり綺羅がいなきゃ駄目だ、村と僕たちにとって特別な欠かせない存在だよ。ってきっと向こうから言ってくれるようになると思う。 …大体、夜祭家に生まれ育ったとはいえ。そもそも水底さん、あの人なんて確か中学だけ卒業してそのままずっと専属の性指南役じゃん。とあの涼やかでお上品な佇まいを脳裏に思い浮かべる。 わたしはあの人とは全然したことないから何とも言えないけど。そんなに見たところめちゃくちゃセックス好きでやってるとも思えないし。あんなに大人しくて引っ込み思案そうなひと、無理にそんなことやらせるより。大人しくお屋敷の奥で深窓の令嬢やってる方が幸せなんじゃないの。夜祭家に生まれたから選択の余地なく仕方なくやってるんだと思う。 本来血筋で選ぶより、向き不向きで村内から選抜した方が絶対よさそうに思うのになぁ。今度、その辺は抜本的に改革した方がいいよってご当主さまたちに提案してみよっか、顔合わせたときに。 それで話のついでに。高校卒業したらわたしを夜祭家の下働きとして住み込みで雇ってもらえないかなって申し出てみようかな。 頭の中でそんなことをあれこれ思い浮かべてたらまた気分が浮上してきた。 …どうせなら村人相手の性指南だけじゃなく。ご当主さまたちの日頃の性欲処理も全て引き受けますって張り切ってアピールすれば、何でもOKな専属の性の捌け口っていう…。 「あ」 「…お」 思考が明後日の方角に飛んでたので、昇降口の角でうっかり人にぶつかりかけた。 ごめん、と慌てて頭を下げて相手を見たら、何だ。 「…誉か。びっくりした」 「綺羅。…危ないよ、上の空で。相変わらずにたにたして」 幼馴染みの岩並誉。割と大人しい温和な性格で理知的、と高校生になった今は周囲から思われてるみたいだけど。 わたしとは保育園時代から、親同士が仲よかったせいで何かと子ども同士一緒になることが多かったからか。やけに遠慮がなくて言動がやや辛辣だ。
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