第13章 信田綺羅

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よそから来たちょっと綺麗な女の子にはむっつりデレてたくせに、と思うとむっとなる。…全く、ご当主さまも誉も揃って柚季柚季って。 男なんてほんと、多少見映えがいいってだけですぐちやほやするんだから。と凪さんと漣さんにはぶつけられない鬱憤を、幼馴染み相手に脳内で思うさま八つ当たりした。 「何でそんな機嫌いいの。テスト期間後なのに珍しいな。奇跡的な偶然のお陰でたまたまいい点取った?」 下駄箱から取り出した靴を足許に放り投げ、どうでもいい口調で無表情に尋ねてくる。いや、どうでもいいなら訊くなよ。 「任せてよ、あたしに限ってテストの点がいいなんてことないから。見事に数学赤点だよ。美憂に手伝ってもらって何とか再提出で事なきを得たけどね」 元気よく胸を張ってみせると、素っ気なく肩をすくめて呟かれた。 「ほんとにお前、大学行けとは言わないけど。就職どうすんだ。**社の工場とか人気あるし、結構競争率高いよ。それとも、まさか自分ちの店番と家事手伝い専業?おじさんとおばさん泣くぞ」 「いや、それなんだけどさ」 わたしは正門を出てからさっと周囲に注意を払い、辺りに人がいないのを確かめてから声をひそめて幼馴染みに打ち明けた。 「あのさ、前から思ってたんだけど。わたし夜祭家に下働きで雇ってもらえないかなって…。名目はお手伝いさんというか、家事一般担当で。実態は夜職専業になれたらなって思ってるんだけど。あのお屋敷の地下に専用の一室もらってさ。どう?」 「いや、それだけあれが好きなのはまあ。綺羅のことだから、知ってるけどさ。一応」 少し閉口した様子で首を窄める。何なの、何か言いたげだな。 奴はやけに大人ぶった分別くさい物言いで、並んで歩き出しながらわたしをたしなめるように付け足した。 「好きだけで充分使命が果たせるってわけでもないだろ。むしろ、好きはほどほどでもきちんと役割が果たせるのがプロってもんじゃない?例えば、水底さんみたいにさ」 ふぅん。 そういえば、こいつは中学生頃にはすっかり彼女にはまって水底さん水底さんってうるさかったな。と忘れてた記憶を思い起こし、苦虫を噛み潰した顔つきになってしまった。 「わたし、してるときのあの人見たことない。…どうなの、やっぱり?すごくいいの?あたしより上手い?」 当たり前だけど、わたしと誉は何度も祭事で当たってるからお互いの身体もよく知ってる。ていうか、別に村民同士ならこいつに限らずだから。何も特別なことじゃないが。 誉は前方に顔を向けてこっちも見ずに黙々と歩きながら答えた。 「いいよ、やっぱり。…めちゃくちゃいい。あれが好きってだけじゃああはならないよ。…何もかもがプロって感じだな、やっぱり」 「…ふぅん」 だから好きなの?って訊きそうになって、ふと思い至る。そういえば、誉って。水底さんと柚季、どっちの方がより好きなんだろう。 「…あんたってさぁ。昔から水底さんのこと、好きじゃん」 わたしがご当主さまたちを好きなように。と思ってそう話を振ると、さすがにちょっと慌てたように否定してきた。 「何言ってんだよ、そんなこと。…別にないよ。あの人は村のみんなのものだろ、好きとかじゃなく」 ご当主さまを本心では独占したいわたしとしてはその台詞は聞き捨てならない。きっと隣を歩く誉の方に顔を向け、ごく真面目に問いかけた。 「水底さんのことさ。本当は独占したい、他の村の男とはしてほしくないとかは。全然思ったことなかった?好きならちょっとはさ。考えるでしょ、普通」 例えば、柚季のこととかもさ。 あの子のことがあるから誉なら多少はそういうの、通じるかも。と思いかけた。だけど奴はいきなり豆鉄砲を喰らった鳩みたいにわけがわからない、って表情を浮かべてただきょとんとなるだけだった。 「独占?…なんで?」 あー。 「あんまりそんな風には考えない?他の男の方が、自分よりもっといいと思われたらやだなぁとか。誰かを特別に思ったり、めろめろに好きになったりしないで欲しいなとか。…もしも水底さんがって想像してみたら、だよ?」 …あるいは、柚季が。 柚季の場合、水底さんや他の女の子たちと違って今後何年もの間凪さんと漣さんに独占されて自分は触れられないってわかってるから尚更だっただろう。まあ、その期間が終われば。どうせ村の男たち全員に払い下げられるんだから、せいぜいそれまでの期間限定の辛抱なんだけど。 だけどわたしの持ち出した話はまるで奴の心の琴線に触れることもないようで、誉はただますます困惑した表情を浮かべるだけだった。 「いや別に。…それはそういうもんだ、としか。てか、そんなの訊いてくるってことは。お前、まさかご当主さまたちを独占したいとか。大それたこと考えてるんじゃないよな?」 ち、勘のいいやつめ。 わたしはさっと明後日の方を向いて、無邪気に素知らぬ顔をしてみせた。 「そういうわけじゃないけど。…でもさ、水底さんと違って。凪さんたちはちゃんと正式なお嫁さんもらって結婚する予定なんだから。そういう意味では独占できる可能性が。ちょっとはわたしにも、あるわけじゃん?」
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