第14章 岩並誉

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それでわざわざ、いつでも村の中で声かけるチャンスはあるのに。あえて俺と二人で山向こうの市街に出かけてる現場を押さえて車で拾いに来たり、お屋敷に招待するのにも俺を一緒に招んだりしたのか。と考えるとちょっと焦って変な汗が出てきた。 別に俺は、村で一番の権力者の家に歯向かおうなんて気は全然ない。村の掟に背いてまで外から来た新しい血を自分のものにしようだなんて。…かけらもそんな風に目論んだことなんか。まるで一度も、ないのに。 傍から見たらそんな風に見えるのかな。あれってプレッシャーをかけられてたんだと遅まきながら悟ったら、今さらになって肝が冷える。 今度からもう少し気をつけよう。村の決まりに対して俺はそもそも何の異議もないし。 この村がずっと現状のまま続くように、全てはそれを最優先して長い間の経験の積み重ねから定められたことなんだから。追浜にとってだって、それが一番幸せだと思う。 「偶然の巡り合わせでうちの村と関わりができたおかげで、外で生まれたのにここの住民になれて。その上夜祭家の器になれるなんて、こんな名誉なことはないわけだから…。追浜はラッキーだと思うし、その幸せを邪魔する気は。俺には全然ないです」 「幸せ。…そうね」 俺と抱き合ったままの水底さんの表情は位置的に見て取れない。 特に声が沈んで聞こえる、というほどでもない気がするけど。明るい弾むような声色でもないことは確かだ。もっとも彼女は俺の知ってる限り声を出して笑ったり弾けるような笑顔を見せたりすることはもともとない。静かな柔らかい笑みをそっと浮かべるのがせいぜいだ。 「水底さんはそうは思わない?でも、あなただってこの村の制度を維持するために日々身体を張って頑張っているんだし。…ここの素晴らしさを今後も保ち続けるのに外からの新しい血が必要なんだったら。やっぱり、追浜にそれを担ってもらうのが一番いいわけですよね」 ご当主たちとの年齢の釣り合いも程よいし、十代後半の若さだからこれからいくらでもたくさん子を産める。タイミング的にもう、このために運命的にこの土地に引き寄せられた人材だ。としか思えない。 「うん。…でも」 彼女は滑らかでしっとり汗ばんだ肌を俺に押しつけ、顔を肩に寄せたまま独り言のように小さな声で呟いた。まるで返事なんか特に期待してない、とでも言うように。 「村にとってはそれでいいけど。…あの方には。やっぱり、いろいろと。苦しいことになるんでしょうね…」 「え、そうですか?」 俺の反応が欲しくて言ったわけじゃない。ってことはわかっても、ついその台詞の内容に引っかかってしまい首を捻る。 「うーん…。まあ、外で育つと確かに。セックスに対する常識や感覚が相当違うってことは知ってますけど。…でも、それはうちの村みたいな上手いやり方を知らないからでしょ?村全体がこうなんだよ、みんな同じで平等だよ。ってことをちゃんと知れば。誰だってそりゃ、絶対こっちの方がいいなってことになるんじゃないかなぁ」 俺は村の外の常識を全然知らないわけじゃない。っていうか、村民の中では比較的よく理解してる方だと思う。漫画やアニメや小説がとにかく好きだし、量もたくさん読む方だから。 それがきっかけで追浜とも距離が近くなったし。好きな漫画や小説も結構共通してて、俺たちは気が合う。だから追浜はほんとにこういう感覚が日常の世界から来たんだなぁ、とときどき実感して不思議な気分になることがあった。 小説やアニメや漫画では、男も女もやたらとモテるモテないや、異性に相手にされるされないの格差で悩んだり苦しんだりしてるように思える。 ギャグっぽく茶化されてる場合でも、主人公や登場人物たちの意識の大半を占めてるのは往々にしてセックスや恋愛に関することだ。 誰にも相手にされずに機会がない、自分にぴったりのパートナーが見つけられないってことがこんなに外じゃ大ごとなのか。と思うと単純に大変そうだなぁ、と気の毒になってついため息が出てしまう。 容姿の良し悪しや頭の出来、運動やその他の能力についての悩みだって。よくよく見ていると結局はモテるモテないの話に収束していく。 村で生まれてここの価値観の中で育つと、そんな些細なことに日々気を取られなくてよくて。精神的に自由度が増すように思えるんだけど、そういう外の世界の話に較べると。 何しろ、美醜や頭の出来や能力で性的なチャンスの多寡に差が出るってことがないし。 年齢が達すればみんな一律、平等に同じタイミングで祭事でデビュー。その前にしっかり自分や異性の身体について、感度や機能の学習や馴らしの教習も受けられるからコンプレックスとかもない。 月にニ、三度くらいは手当たり次第めちゃくちゃにやりまくって思う存分性欲を発散できる機会が持てると確約されてるから。欲求不満を拗らせて普段の平常な場面で場違いな性的言動をしてしまい、周りの眉をひそめさせたりどん引きさせる奴も出てこないし。
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