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「…グルーミング、っていうのかな。ほぼ初対面で性的な行為に及ぶと被害感情がいくら何でも強く出過ぎて、あとの関係構築が難しくなるから。ある程度時間をかけてじっくり信頼を築くの。身体を馴らすのはそれからじゃないと上手くいかない」
「そうなのか。…面倒なものなんですね」
ついそう言ってしまい首を引っ込める。確かに、創作物なら俺も読んでてあーあ、いきなりそれは無理だろ。とかこいつがっつき過ぎなんだよ。とか普通に思うのに。
現実のセックスでまであんなまどろっこいこと、やってられないよと完全に別物として考えてる。これじゃ追浜とは上手くいくわけないよな、どっちにしろ。
水底さんは小さく首を横に振って、淡々と話の先を続けた。
「村以外ではそれが普通なの。何なら仲良くなったあとでも、そんなつもりじゃなかった。と拗らせて大ごとになる場合もいっぱいあるから…。だから、ある程度グルーミングが進んで安心させたところで。不意を突いて逃げ場がないところに追い込んで、一気に既成事実を作るしかないわね。普通にいちいち同意取ってたら了承得られる可能性ゼロなことを求めるわけだし」
「そうですか?」
俺は思わずぽかんとなって間抜けに呟いてしまった。…身体に気持ちいいことされて、ご当主の跡継ぎを産む器だって村じゅうから崇められて。
一生みんなにちやほやされて一目置かれて過ごせるんでしょ?村の女ならみんな、是非自分がそうなりたい。って憧れるポジションだと思うけど。
彼女は俺がそういう反応なのは織り込み済みらしく、特に気にも留めずあっさり片付けた。
「村の感覚ではそうかもしれないけど。外なら普通に犯罪扱いだから、あんなの。まともな精神状態じゃ許容されない。だから優しくしたり強引に進めたり、を繰り返して混乱させて少しずつ向こうの判断能力を奪っていくしかない。…だから今頃は彼女の信頼を得られるよう安心させて、心の距離を縮めるタスクに入ってるはず。いきなりセックスで気持ちよくさせて、身体を病みつきにする。みたいな手段は取れない。身体と心は別物だから」
「ふぅん。…そこまで手間が必要なんだ」
わかるようなわからないような。快楽を得られ続ける、ってメリットを基準にして将来を選択することのどこがそんなに忌避されるんだろう。村じゃ考えられない。
と、半分適当に相槌を打ちながらも。最後に水底さんが投げかけた言葉が微かに琴線に触れた気がした。
心と身体は別物。
…彼女が口にした意図からは外れるかもしれない。けど、何だか今の自分にはやけにその説明が。何かを言い当てられてるみたいにしっくりと来た。
そうか。確かに、今まで女の子との関係って言えばイコール身体のこと。ってばっかり考えてきたけど。
考えてみたらもともと、誰とどんなに濃厚に交わったときもそれで精神的な距離が縮まったと錯覚したこともないし。身体が結びついたから、次はさらに心が欲しいとか思ったこともない。
意識してのことじゃないけど、身体は身体。そっちが繋がったとしても気持ちはまた別。って当たり前に感じてた。逆に言えば、村の女の子の身体に欲情を感じてもその子の心に興味を持ったことはなかった。
追浜と俺には将来結ばれる目はない。結婚して家庭を持つことはおろか、今後身体を重ねる機会すら持てないんだ。器の女性は当主以外の胤は受けられない。
村に住んでる独身同士なら誰とでも必ずセックスするチャンスがあるってのに。よりによって彼女だけとは、触れ合える可能性すら全くない。外の新鮮な血を持つ器候補の女性だから。夜祭家の当主のものになることが予め決まってる存在だから。
…そのことがわかってるから。知り合った最初のときから、彼女のことをこれ以上好きにならないよう無意識に蓋をしてたのかな。
改めて考えてみるとそれはなくもないような気がしてきた。
村ではセックスは恋愛のゴールにはなり得なくて、誰かを好きになったら先にあるのは結婚だ。もっとも結婚したからといって他の人とできなくなるわけじゃないから、暫定カップルで構わない。と考える人はあまり深く考えず気軽に相手を決める。大恋愛じゃなきゃ、と固く心に誓ってる人は少数派だと思う。
それでも男女の心の繋がりは一緒に家庭を作って子どもを育てることに集約されてるから。それが禁じられてる唯一の村の女である追浜のことを、なるべく好きにはなりたくなくて意識の外に置こうと努力してたのかも。
…でも。身体はご当主さまたちに所有されて指一本触れられない状態でも。彼女の心はそれとは別、いつでも自由なはずだよな。
俺は改めて真剣にその考えと向き合ってみた。…あの子は当主たちの妻になって二人に身体を独占されて。俺は村の女の子たちと気持ちよく手当たり次第に交わりながらでも、心はお互いに向けられていたっていいんだ。それは誰にも止められない。心は自由だから。
…自分の考えの中に深く潜り込み、集中し過ぎてついぎゅ。と水底さんの身体を包み込んで抱きしめる腕に力が入ってしまった。
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