第13章 信田綺羅

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ちょっとは動揺するか、何かわたしの意図を察した様子を見せるかな。って期待はあったけど。凪さんはわたしの髪を片手で撫でながらあっさりとそんな勘繰りを否定した。 「いないよ、そんなの全然。…将来奥さんになる相手に悪いだろ。そんな、恋人なんか作ってたらさ」 ふぅん。 彼女を隠してないのはいいとして。そんな微妙な答え方をされるとそれはそれでわたしも面白くない。 凪さんも漣さんも、婚約者に逃げられたって事態はもちろんちゃんと把握してるはず。そのことについて特にわたしとは何か話したりはしていない。やっぱり嫌な話題だろうから、わざわざ振らずにそっとしておこう。と考えるくらいの分別はあるし、こっちも。 柚季が出て行ったことがわかってからしばらくの間、村の中は落ち着かず漠然とざわついた空気だったけど。一方で肝心のご当主さまたちはというと、特に動揺した風もなく全く平然としていた。 そんな様子から、もしかしたら別に柚季のことは何とも思ってなかったのかなとそのときはちょっと安心した。たまたま外の血を持つ年頃の女の子が越してきたから伝統に則ってその子を妻の座に据えようとしたけど。 それは決まりだからそうしてただけで、あの子が無理ならまた次の候補を見つける。それだけのことだ、別に替えはいくらでも効くって割り切れてるのかもしれない。 普段の飄々とした気さくな他人との接し方を見てると。感じがよくて誰にでも優しいけど、特に誰かに特別な思い入れはないって言われたら確かにそうかなと思う。 あまり村民一人ひとりを個別にどうこう思ってはいない感じ。他人に深い関心は持たないっていうか。 それはそれでこの二人らしいって思ったから、何となく納得してた。親しみ持てるフレンドリーな感じなのに、どっか遠いんだよね。何だか村に古くから棲んでいる精霊と話してるって感触。いや、実際にこうして身体で直に交わればこの上もなく生身なんだけどさ。 …だけど。今の言い方は何だかまだ自分たちには現時点で婚約者が既にいる、って認識の上での発言のように思えた。 柚季はいなくなったから。また次の候補が現れたときのことを仮定してる、ってことなのか。まだ見ぬ未来の新しい婚約者を想定しての話? ずいぶん気が早いなとは思うけど、具体的に誰かをイメージしないで口先で言ってるだけならまあ、それもそうかな。と考えないこともない。将来結婚する相手が誰になったとしてもその人があとから引っかかるような存在を作らない。きっとこれから現れる奥さんになる人を大事にするつもりでいるんだろうな、って。 でもなんかあの口振りが気になる。まさかまだ、柚季のことを自分たちの婚約者のままだと思ってるわけじゃないでしょうね? あいつは失礼にもあなたたちから逃げたんだよ。この土地でご当主さま二人の愛と快楽を独り占めして、この上もなく幸せな地位に収まれるところだったのに。感謝の心も見せず、誰にも何も告げずに薄情にも後足で砂かけて遠くへと出て行った。 だから少なくとも今は二人とも誰のものになる予定もない、未来の約束も展望もチャラ。でいっそすっきりした気分になってしばらくは自由にしててもいいと思うんだけど。…この先妻になる人に悪いから特別な相手は作らないよ、って確信ある落ち着き払った態度で言われちゃうと。なんか、隙がない感じ。 この分でいくと、わたしをいつか恋人はおろか特別な愛人枠とか。そういうポジションにも置いてくれるって希望もなさそうかな。 何なら二人のペットとか、玩具の枠でもいいんだけど。…この地下の一室で飼ってくれないかな。いっそ常に裸で、鎖とかで拘束されて。性奴隷の役割とかならどうかなぁ? 想像するだけでうっとりしちゃう。夜な夜な地上から降りてきた二人に縛られて激しくいやらしく責められる自分をイメージしてたらまた濡れてきちゃった。…想像でとろんとなるあまりこっそり、二人の身体に胸の先や敏感な場所を擦りつける。すっかり疲れ果ててもう欲情の一片も残ってない様子の彼らには気づかれないよう、わたしはもぞもぞとそこからささやかな歓びを得た。 確かにこんなんじゃ。万が一村の外の普通の社会で生まれたら絶対、わたしってセックス絡みのトラブル起こしてると思う。 他の友達を見ても外で生まれたらそれなりに、みんなそれぞれ置かれた場所で馴染んで普通に暮らしてるところが思い浮かぶけど。自分だけはどうやらその限りじゃないみたい。 この村に生まれられてよかったなぁ、と神様に心から感謝する気持ちと。どうせなら村人Aじゃなくてご当主さまたちにとって特別な存在になりたい。その夢の実現のためには何が必要だろう、とこっそり腰を僅かに動かしながら。わたしはのほほんとした顔に表れないよう目まぐるしく脳をフル回転させて、密かに考えを巡らせていた。 「綺羅、おはよぉ〜。どお、テスト直しの宿題。今日提出だよね?ちゃんとやってきた?」 「あ。…そうだっけ?忘れた」
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