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教室に入って顔を合わせるなり、笑ってずんずんとわたしの方へと近づいてきた美憂。わたしは特に気にせずあっけらかんと答えた。途端に彼女はやれやれ、と大袈裟に肩をすくめる。
「あんたは本当に…、勉強に対してやる気なさすぎだよね、中学のときから。結局何とか高校に入れてよかったなぁと胸を撫で下ろしたもんだけどさ、あの頃。それにしても追試の代わりにテスト直しで済ませて単位くれるっていう先生の好意を無にするんじゃないよ。まじで留年する気?」
「絶対やだ。これ以上一年たりとも勉強したくないもん」
慌てて自分の机に就き、クリアファイルに放り込んであった返却されてたテスト用紙を引っ張り出した。ちょっとため息をついてから、向かいに椅子を引っ張ってきた美憂は特にわたしから何も言わなくても手助けをしてくれるつもりらしい。さすが、保育園時代からの幼馴染み。
お勉強できる友達がいてよかったぁ。こういうとき助かる。…頼りにしてるよ、みゆちゃん」
「わたしなんかまあまあ普通くらいだよ。まあ、あんたよかちょっとはましだけど。…えっと、これってどういう解き方だったっけ。答案返ってきたときざっと見直したつもりだったけど。…思い出せん。うー、理数系苦手。こういうとき柚季がいればなぁ」
するっとその口からあの名前が出て、明らかにしまった。って感じに口を閉じる。傍でその会話を聞いてた村の外から通学してきてる子が無邪気に横から話に割って入ってきた。
「そういえば去年まで柚ちゃんいたよね、懐かしいねぇ。あっという間にぱっと来てさっと出て行っちゃった感じ。お父さんが警察官なんでしょ、確か?それで異動があってまた転出したのかと思ってたけど。なんか、話に聞くところによると今でもまだ村で勤務してるんだってね。お父さんの方は」
「え、うーん。…そうみたい」
村の外の子は深い意図もなく軽い気持ちで話を振ってきたみたいだけど。何となく答えにくそうな空気を醸し出して、美憂は下を向いて問題を解くのに意識を集中してるふりしてる。
村の子はみんな、柚季がいきなり出て行ったあともこんな微妙な反応しかできなかった。外から通学してる子たちから見ると?だろうな、とそれだけは何となくわかる。
何しろいなくなるぎりぎりまでわたしも美憂もあんなに仲良かったんだから。しれっと無反応、ノーコメントはおかしい。と不審に思われても仕方ない。
だけどあまりにその様子に違和感があり過ぎて触れてはいけない感じが滲み出ていたのか、クラスの半分近くを占める外部の子も当時はあまりこちらに深く突っ込んでは来なかった。陰でどんな風に言ってたのか、そこまでは知らないが。
だけど柚季が学校から姿を消してもうそろそろ一年。村の中で何かトラブルがあったにしても今さらとっくに時効だろう、大したことでもなさそうだし。と考えたからなのか、その子は特に気にせずわたしの机の脇に立ち止まって手をつき、わたしたち二人を上から覗き込んで無邪気に噂話に花を咲かせようとした。
「そしたら、どうして転校してっちゃったんだろね?お父さんの仕事の都合じゃないならさ…。学校に馴染んでない様子も全然なかったし、理由がわかんないよね。結構誰とでも上手いこと穏やかに、仲良くやってた雰囲気だったのに」
「大学受験を見据えて、お母さんのところに早めに戻ったんじゃない。きっとこっちで受験しなさいって呼び戻されたんだよ。あの子のお母さん、離婚して大都市に住んでるから」
「えー、そうなのかぁ」
美憂はわたしも知らないでいる話をそこできっぱりと持ち出した。
隣の町からバスで通学してきてるその子はちょっと腑に落ちた様子でぱちり、と軽く手を打ち合わせてみせる。
「なるほどねぇ。…ゆずっち、確かに頭よかったもん。そしたらこの辺から通える大学じゃ物足りないから、ってお母さんが発破かけて無理やり連れ戻したのかもね。お父さんとは娘の進路に関する方針が別れた夫婦同士、合わなかったってことか」
「そんな感じじゃない?お母さんもばりばり働いてるみたいだし。学費は自分が出すから、とか言って強引に引っ張っていったのかもね。あの子東京とか他県に出たがってたし。そんなに意に反してはいなかったんだろうけど」
「ほわ〜ならわかるわ。出来のいい子は進路選択も、いろんな可能性があるから逆に大変だねぇ」
隣町の子はすんなり納得してそこから立ち去っていった。わたしは問題を解くふりをしながらこっそり声を落として美憂に探りを入れる。
「今言ってたの。…本当?」
彼女は目を伏せてプリントの端で計算しながら、淡々と無表情に答えた。
「いや知らない。あれ以来、連絡取れてないし、あの子とは。…けどまあ、お母さんとこに行ったのは多分本当じゃないの。未成年でまだ高校終えてなくて、進学の芽捨ててないなら。外に頼れる親がいるならそっちに身を寄せたと考えるのが現実的だと思うけど」
それはそうだ。…でも。
「あの方たち。…それは知ってるのかな、もう」
ぽつりと思いがそのまま口に出てしまう。
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