第13章 信田綺羅

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本当は学校とか、村の子以外の耳がある場所で迂闊にご当主さまの話をしたりするのは。あんまりよくないのかもしれないけど。 何となく、誰にもなにも言わずに不意に村から姿を消したわけだから。行方知れずで未だに居場所はわからない状態なのかと思ってた。 けど確かに、学業や将来のことを捨てたわけじゃないのなら。身ひとつで家族にも頼らず都会へと出奔したと考えるより、普通にもう片方の親を頼ったと考える方が合理的だ。少なくとも凪さんと漣さんはまず、その可能性を考えたとしておかしくないと思う。 柚季のお父さんがあのあともそのまま交番に勤めてるのは知ってた。逆にそのせいで、あの子の行先は親も完全に知らない、追えない状態なのかなと。だって、お父さんが知ってるなら。ご当主さまたちは彼から聞いて既に柚季の居場所を知ってそうなものじゃないか。 県庁所在地に住んでるお母さんの許にいる、ってはっきりわかってるのなら。そっちへ誰かを寄越して追っていかせたりはしないのかな? わたしが思わず漏らしてしまった疑問に、美憂は何か言いたげにちらと視線を上げたがまあいいか。とでも言うように再びプリントに視線を落とし、淡々と受け応えた。 「どうなんだろう。わたしでもそうなんじゃないかな、と推測できるくらいだから。あの方たちは当然とっくにその可能性は検討済みじゃないの。柚季のお父さんに直接尋ねてもいるだろうし…。あのお父さんのことだから、村のお偉いさんに訊かれて本当のことを言わずにごまかすってこともしなさそう」 確かに。友達の親のことをどうこう言いたくはないが、まあ悪口ってわけでもないから…。人が好さそうで押しとかに弱そう。って、警察官に対してする評価としてはどうか。と思わなくはないけど。 美憂はこの話題はさっさと片付けたい、といった様子で大した感情もなく早口に続けた。それでもこれだけの考察がぱっと出てくるあたり、柚季が出て行ったあとにこの子なりにいろいろ考えてはみたんだなってことはわかる。 「多分だけど。柚季のお父さんもパニックにもならずに普通にそのまま仕事続けてられるってことは。娘の今の居場所は知ってるんでしょ、まあ事後報告かもしれないけど。それで性格的にも夜祭家の人たちに尋ねられたらきっと素直に今はここにいるようです、ってなんも疑わずに正直に答えそう。…あんまり村のこと深くは知らないはずだしね、そもそもあの人」 はっきりとは言わないけど、柚季が夜祭家の兄弟に夜な夜な何をされてたかは未だに知らない。ってことか。 そしたらあの二人に、柚季ちゃんは今どうしてますか?すごくこっちでも心配してるんですよーとか言葉巧みに探られたら。きっと疑いもなく、お偉い方の気遣いに感激して積極的に今のあの子の状況を教えるだろうな。…それは、確かに。そうかも。 思わずシャーペンを持った手を止めて気難しく考え込むわたしに、美憂はおっ被せるように続けてさらに言い聞かせる。 「それに、高校の方だって転出の届出は正式に受けたはずだから。おそらくお母さんがそれは済ませたんじゃないかな。だとしたら、そもそも夜祭家はこの学校の理事でもあるんだから。そのくらいは今頃とっくに把握してると思う。…それで追っ手を出したり特に奪還に動いてないってことはさ。結局柚季が自分から戻ってくるのを待つことにしたんじゃないの、あの人たち」 「ええ?…見放した、とか諦めた。とかじゃなくて?」 てっきりそういう説明に続くと思って聞いてたから出てきた最後の結論に仰天した。いや、何で。そうなる? 美憂は一瞬手の動きを止めてわたしの方に目をやり、それからおもむろに周囲にちらと視線を走らせてから僅かに声を落とした。村民であるか外の人間かに関わらず、誰かの耳に入るのは好ましくないと判断したのか。 「だって、もうあれから一年くらい経つのに。あの方たち全然次の候補者を探そうとしてない感じじゃない?だいいち、本当にもう柚季を諦めたんならさ。あのお父さんをいつまでも村の交番に置いとく必要なんかある?そもそも年頃の娘さんがいる人を、って所望してあの人を配属してもらったんだって聞いたよ」 その噂はわたしも聞いたことがある。昔から村に外から女の子を呼び入れるやり方として、警官や役場の公務員で娘を含む家族を連れてくる人をこっちに転属してもらう。って手段がよく使われたんだって。 「柚季をさっぱり諦めたんなら、あのお父さんももう用無しなんだから。さっさと外に出して代わりにまた新しい人を配属してもらう方が効率いいでしょ、若いお嬢さんのいる警官だっていくらでも他に見つけられるでしょうし。でもそれをしないってことは。…お父さんを押さえてさえおけば、柚季と村との関係はまだ断ち切れずに繋ぎ止めておけてる。って考えてるからじゃないの?」 「うー。…ん」 目の前の答案用紙のことは完全に頭から飛んでしまい、わたしは思わず低く唸って両腕を胸の前で組んだ。 必ずしも納得するわけじゃないけど。…村内の警察や役場、学校関係の人事はいくらでも夜祭家が介入できるはずなので。確かに、そこは引っかかるといえば。そうなんだよね…。
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