第13章 信田綺羅

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「人質、っていうと言葉悪いけど。逆に怒りに任せてお父さんを村から放り出しちゃえば、それで完全にあの子との繋がりは切れるでしょ。できたらそうしたくないんじゃないの、お屋敷の方たちは。…せっかく、あそこまで村の内情を知らせて関係もあと一歩のところまで深めていたんだし」 挿入直前まで身体の関係も進んで、お互いに充分解れて馴染んだ状態に仕上がってたってことか。とあからさまな表現が脳裏に浮かぶ、口にこそしないが。 美憂はわたしほど性的にあけすけな性格じゃないから(ていうか、単純に今が明るい時間帯でここが学校ってのも大きい)その部分をそれ以上掘り下げる気もないようで、さっさとこの話を片付けたい。って意向をはっきり見せつつごく小声で口早に付け足した。 「新しい女の子を連れてくればまた、村の実情の種明かしから段階を踏んで手なづけるところまで全部最初からやり直しでしょ。今の時代それもしんどいしね、下手するといきなりネットで何もかも暴露するような子に当たる可能性すらあるわけだし」 「それは。…そうだよね…」 わたしは完全に数式なんか頭から吹っ飛んで、腕組みを解かずに深く考え込んだ。会話の内容が聞こえてない距離の傍から見たら、テスト直しが進まなくてうんうん唸ってるちょっと阿呆な子、にしか見えないかも。まあ全面的に違うとは断言できないが。 そんなわたしを少し睨んで、ちゃんと集中しなよ。とプリントの表面を突いてそっちへと注意を促す美憂。 「その手のやばいのにこのご時世、絶対当たらないとは限らないでしょ。あの子がそういうことしないタイプなのは村の方の運もあったと思う。…そう考えたら、せっかく当たりを偶然引いたわけだから。ご当主としたらなるべく穏便に済ませてそれを引っ張りたいのは無理ないんじゃない?さすがにいきなりあそこまではやり過ぎだった、もっと待遇は考え直すから。自分たちはいつでも君が戻ってくる気になるなら受け入れるよってしおらしい姿勢を見せとこうって意図なんじゃないの。妻の座を空けて待ち続けることで」 「ははぁ。…まあ、そういう考え方もあるのね」 そう言いつつわたしは面白くない。 薄々、ご当主さまたちはどうしてさっさと次の器候補を見つけるために動き出さないんだろう。そろそろ新しい女の子を見繕い始めてもいいんじゃないのと内心でずっと思ってた。何となく、自分の中で微妙にいらいらするものを感じながら。 ゆったり構えてるお二人を見てるといつも何だかもやもやしてたのは。おそらく、あの人たちがまだ柚季を嫁にするのを諦めてないんじゃないか。気持ちを切り替えて次に行こうって様子が全然見られないせいでそんな疑いを拭いきれずにいたんだなってことに改めて気づいた。 「…まあ。柚季は内に溜め込むタイプだから。逃げはしても外部に大々的に訴えたりしないことはむしろこれではっきりしたし、安牌っちゃ安牌だよね。だから今さら他の子にターゲットを切り替えて下手な冒険はしたくない、ってのは。…合理的判断って言えるかもしれない。確かに」 そこはかとなく面白くない気分を押し隠して、わたしは渋々と表面上その考えに同意してみせた。 村の慣習と自分の中の常識との齟齬に悩んで逃亡したことは確かだけど、同時にあの子がトラブルメーカー気質でないことは明確になった。 こんな酷い村がここにあるんですよ、と声を大にして世間に訴える気がないことは外に行って一年近く経っても特に何の行動も起こさないところを見ればまあ概ね間違いないだろう。 だったらどうせ村のことは深く知られちゃったんだし、上手いこと騙くらかしてここに戻らせて何とか仲間にしちゃった方が。あとあとリスクもなくなって、一番いい解決法かも。 嫌ならもうあんな風に無理やりにはしないよ、夜祭家の奥方になって普通に子どもを産むだけでいいからね。と表向き折れた態度を見せて、村に戻ってもまあいいかな…とあの子に思わせればあとはこっちのもの。 段階を踏んで少しずつ過激な行為に慣れさせていき、最終的にあれのためなら何でもするセックス中毒に堕としてしまえばいい。前回は確かにいろいろと急ぎ過ぎた。だから、じっくりあの身体に快楽を叩き込んで我慢できなくなって自らねだるように仕向けてしまえば。 その後は何とでも自由にできるようになるもんな。見たところ、好き者の素質自体はばっちりありそうだし。 思慮深いあの方たちのことだ。多分そこまで考え抜いての判断なんだとは思う。でもなぁ…。 ほら、ちゃんと手ぇ動かして。とプリントを指先で弾いてこちらの注意を促しつつ、美憂は無情にもわたしがなるべく意識の外に追いやっていた説をすっぱりと話の最後の締めにと吐き出した。 「…まあ。それだけあの方たちが柚季を特別気に入ってた、ってことなんでしょ。いろいろ理屈つけてもそれに尽きると思うよ、結局。この子に自分たちの跡継ぎを産んで欲しいと一旦本気で思い入れたら、そりゃ。…そう簡単には諦めきれないってことでしょ?ま、みんなまだ若いし。時間はたっぷりあるから、焦らずゆっくり持久戦に持ち込むってことかね。大体そんなとこじゃないの?」
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