プールの底から水面を見てみた

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今日が初出勤だ。 伊藤啓二が大学を中退して、薬品卸の会社に就職して、1時間が過ぎた。 今のところ順調だ。 伊藤の父は、不動産会社を経営していたが、投資の失敗から仮想通貨に手を出し、気付いたら巨額の損失を招いて倒産してしまった。 専業主婦だった母は、近くのローソンでバイトを始めたし、同じく大学1年生だった弟も、ボーリング会社で働き始めた。 伊藤を今の卸会社に誘ってくれたのは高校の先輩だ。 今日はルート営業の先輩に付いて、薬局やクリニックへの挨拶回りだ。 何軒か回った印象としては、医者や薬剤師には意外とコミュ力低い人が多いとの印象だ。 大学で、コミュニケーション理論を専攻した伊藤としては、そう言わざるを得ない。 『どうよ、伊藤くん、少しは慣れた?』 先輩の西山さんが声をかける。 西山さんは、同じ会社の先輩の嫁さんで、29歳。 子持ちだが、2人目が欲しいらしく、仕事の負担を少なくしたいそうな。 伊藤の入社は、渡りに船だったらしく、仕事の教え方もやけに熱心だ。 『いやぁ、なかなか』 伊藤が無難な返事をする。 『早く慣れてね。慣れたら、今朝んとこ、一人で回ってもらうからね。』 やけに嬉しそうだ。 『ね!お昼はさ、アラ炊きの美味しい店に行こうか?キミ、アラ炊き食べれる?』 『いいですね!教えて下さいよ。俺、何でも食べれちゃいます!』 元気良く答える。 その店は、街道に面し一段高くなっていた。 一見普通の民家だが、中は席が幾つもある重厚な造りだ。 昼はアラ炊きのみの営業で、夜は居酒屋になるらしい。 昼前だと言うのに中は予想外に混んでいた。 西山の言う通り、確かにアラ炊きは美味かった。 アラと一緒に炊いた大根やら牛蒡も、味が染みて柔らかく、抜群に美味かった。 伊藤は、丼メシを2杯食べて満足した。 西山も食べ終えて、店の女性と話している。 聞きしに勝る味とはこのことだ。 噂になるだけのことはある。 伊藤は、満足感と少しの驚きとを抱えて、喫煙所にタバコを喫いに出た。 こんな所を、西山さんは幾つ知ってるのだろうか? 明日からの外回りが俄然楽しみになった。 その時、強い閃光が光った。
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