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「大丈夫か? 無理はするなよ。少しずつ回復していけばいいんだから。教師だって、あきらめずにまた応募すればいいんだ。世話好きなお前には、きっと向いているからさ」
すぐ目の前にある整った顔をじっと眺める。昔から距離感がおかしい幼馴染だが、ほんとにこいつはいいやつだ。
「ありがとう。そうだよな。早くまた、こっちの生活に慣れないとなあ」
「そうだ。俺の寿命が縮むってもんだ」
異世界にいたのは夢みたいなもんだ。元々俺はこちらの人間なんだから。体を少しずつ鍛えながら、どこか雇ってくれるところで働こう。そして、あちらのことは忘れてしまえばいい。こっちには、家族も人のいい幼馴染もいるんだから。
――そう思って過ごすこと、半年。異世界の女神は俺を忘れはしなかったらしい。
☆☆☆
「……なんでまた、ここに?」
俺は呆然としたまま、スーツ姿で緑の森の中に座り込んでいた。
太陽に煌めく白亜の尖塔が、思ったよりも間近にあって仰天する。あれが、この国の王宮のものだということをよく知っている。何しろ、以前俺が住んでいた……、いや、空中を漂っていた場所だ。しかし、前回と全然違うことがある。今度の俺は魂だけじゃない。実体を伴って、ここにいるのだ。
「確か仕事先に行こうとしてたはずなのに」
少しずつ体調を戻した俺は、塾のバイト講師として働いていた。いつもの時間に乗った電車が激しく揺れて、誰かが地震だと大声で叫んだ。脱線するかと思うほどの揺れと同時に、周りの空間がぐにゃりと歪む。はっとした時にはもう、この森の中にいたのだ。電車に乗り合わせていた人々がどうなったのかはわからず、見回しても周りに人の姿は見当たらない。
「えっと、どうしたらいいんだろう」
ふう、とため息をついた時のことだ。足元に温かいものの感触がする。驚いて見ると、明るい茶トラの猫がいた。
「え? あれ、お前……」
にゃああん、と猫が甘えるように鳴く。ふわふわとした毛を何度も足元に摺り寄せてくる。
「お前、前に通りで見た猫に似てるな。まあ、茶トラの猫なんて皆、ぱっと見は似てるか」
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